世界的に航空宇宙産業において、事業の再構築を目的としたM&Aが活発化しています。本稿では、その背景にある4つの主要な動機を紐解き、日本の製造業が自社の将来戦略を考える上での重要な示唆を考察します。
航空宇宙産業で加速するM&Aの潮流
COVID-19パンデミックによる大きな影響から回復期にある世界の航空宇宙産業では、将来の成長に向けた事業ポートフォリオの再構築やサプライチェーン強靭化を目的としたM&A(企業の合併・買収)が活発化しています。これは、大手プライム企業から中小のサプライヤーに至るまで、業界全体に見られる大きなうねりです。コンサルティングファームPwCの専門家は、この動きが今後数年にわたって継続すると分析しており、その背景には明確な戦略的意図が存在します。
M&Aを駆動する4つの主要な動機
現在の航空宇宙産業におけるM&Aは、主に以下の4つの動機によって推進されていると考えられます。これらは、他業種の製造業にとっても示唆に富むものです。
1. ポートフォリオの最適化(選択と集中)
大手企業(OEM)を中心に、自社の中核事業(コア事業)に経営資源を集中させるため、非中核事業を切り離す動きが加速しています。いわゆる「選択と集中」です。売却された事業は、プライベート・エクイティ(PE)ファンドや、その事業領域で成長を目指す他の企業にとって格好の買収対象となります。自社の強みを再定義し、より筋肉質な経営体質を目指す戦略的な動きと言えるでしょう。
2. サプライチェーンの強靭化と垂直統合
パンデミックを経て、多くの製造業がサプライチェーンの脆弱性を痛感しました。航空宇宙産業も例外ではなく、供給の安定化とコスト管理、そして品質の維持向上を目指し、部品メーカーや特定の加工技術を持つ企業を買収する「垂直統合」の動きが目立ちます。特に、熱処理や表面処理といった、外部に依存していた特殊工程を内製化する動きは、サプライチェーンのリスク管理という観点から非常に重要です。生産拠点を消費地の近くに移すニアショアリングの流れも、この動機を後押ししています。
3. 新技術へのアクセス
「サステナビリティ(持続可能性)」「電動化」「デジタル化」は、現代の製造業における重要なキーワードです。航空宇宙産業でも、持続可能な航空燃料(SAF)への対応や、電動航空機、工場のデジタルツインといった次世代技術の開発が急務となっています。これらの先進技術やノウハウを、自社単独で開発するには時間とコストを要するため、優れた技術を持つスタートアップや異業種の企業を買収し、迅速に技術を獲得しようとする動きが活発化しています。
4. 市場における規模の経済と集約
特にTier2、Tier3といった中小のサプライヤー層では、生き残りと競争力強化をかけた合従連衡が進んでいます。個々の企業では難しい大規模な設備投資や、大手顧客に対する価格交渉力を、企業の合併・統合によって確保しようという狙いです。PEファンドが中核となる企業(プラットフォーム)を買収し、そこを軸に同業他社を次々と買収して規模を拡大させていく「ロールアップ戦略」も、この市場集約を加速させる一因となっています。
日本の製造業への示唆
航空宇宙産業で起きているこれらの変化は、日本の製造業全体にとって重要な指針を示しています。自社の事業を見つめ直す上で、以下の視点が役立つと考えられます。
- 事業ポートフォリオの定期的な見直し:自社の真の強みは何か、将来性が低い事業をどう扱うべきか。大手企業だけでなく、中堅・中小企業においても、限られた経営資源をどこに投下すべきか、冷静に評価する時期に来ています。
- サプライチェーン戦略の再定義:安定供給は事業継続の生命線です。コスト一辺倒ではなく、リスク管理や技術の内製化という観点から、M&Aをサプライチェーン強靭化のための一つの選択肢として検討する価値は十分にあります。
- オープンイノベーションとしてのM&A:技術革新のスピードが速まる中、全ての技術を自前で開発する「自前主義」には限界があります。外部の優れた技術や人材を迅速に取り込む手段として、M&Aや戦略的提携をより柔軟に活用する発想が求められます。
- 業界再編への備えと能動的な関与:多くの中小企業にとって、M&Aは「買収される」という受け身のイメージが強いかもしれません。しかし、同業者と連携してより大きな事業体を目指す「買い手」となる道や、自社の技術や暖簾を次世代に承継させるための戦略的な「売り手」となる道も、積極的な経営判断の一つです。自社が業界の中でどのような立ち位置を目指すのか、能動的に考えることが重要です。


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