海外の文化イベントに関する報道の中に、「プロダクション・マネジメント」という、我々製造業にも馴染み深い言葉が使われていました。しかしその意味合いは、我々の現場で使われるものとは少し異なります。本記事では、この言葉の多義性から、日本の製造業が学ぶべき視点について考察します。
はじめに:文化イベントとプロダクション・マネジメント
先日、アイルランドの地方紙が報じたニュースに目が留まりました。それは、ある文化イベントのマネージャーが芸術評議会の理事に任命されたという、一見すると日本の製造業とは関わりのない人事に関する記事です。しかし、その記事の中で、その人物の経歴として「プロダクション・マネジメント・サービスを提供」という一文がありました。製造業に身を置く我々にとって、「プロダクション・マネジメント」は「生産管理」を意味する非常に重要な言葉です。しかし、この記事の文脈では、イベントや舞台、映像といった作品の「制作管理」を指しています。
製造業の「生産管理」とイベントの「制作管理」
製造業における生産管理(Production Management)は、ご存じの通り、定められた品質(Q)、コスト(C)、納期(D)で製品を効率的に生産するための計画、指示、統制を担う活動です。その根底には、標準化されたプロセスを反復実行することで、ばらつきを抑え、生産性を最大化するという思想があります。多くの工場では、この生産管理の精度を高めるために、日々改善活動に取り組んでおられます。
一方、イベント業界における制作管理(Production Management)は、毎回条件が異なる一回性の高いプロジェクトを成功に導くための管理手法です。定められた予算と期間の中で、多様な専門家(音響、照明、設営など)をまとめ上げ、予期せぬトラブルに臨機応変に対応しながら、一つのイベントを形にしていきます。こちらは反復性よりも、むしろ個別性や創造性への対応力が求められると言えるでしょう。
視点を変えれば、自社の業務も違って見える
この二つの「プロダクション・マネジメント」は、対象は違えど、「限られたリソース(人、モノ、金、時間)を駆使して、目標を達成する」という点では本質的に共通しています。そして、我々製造業も、このイベント的な視点から学ぶべき点があるのではないでしょうか。
例えば、顧客の要求が多様化し、多品種少量生産や一品一様の受注生産が増えている現場では、一つ一つの生産ロットを「プロジェクト」として捉える見方が有効かもしれません。従来の反復生産を前提とした管理手法だけでなく、各ロットの特性に応じて人員配置や工程計画を柔軟に組み替える、プロジェクトマネジメント的なアプローチが求められます。また、工場の新設や大規模な設備更新、新製品の立ち上げといった非定常的な業務は、まさにイベントの制作管理そのものと言えます。
長年、同じ環境で同じ製品を作り続けていると、どうしても視野が狭くなりがちです。しかし、このように全く異なる分野の常識に触れることで、自社の業務を客観的に見つめ直し、新たな改善のヒントを得るきっかけになることがあります。
日本の製造業への示唆
今回の異分野のニュースから、日本の製造業が実務に活かすべき示唆を以下に整理します。
1. 用語の再定義と業務の見直し
普段何気なく使っている「生産管理」や「品質管理」といった言葉が、自社や業界の中で固定化された意味合いに縛られていないか、一度立ち止まって考えてみる価値があります。自社の業務を、例えば「毎回異なる条件のプロジェクトを遂行する活動」と捉え直すだけで、従来とは異なる課題や改善点が見えてくる可能性があります。
2. プロジェクトマネジメント手法の導入
特に多品種少量生産や開発・試作の現場では、従来の生産管理手法に加えて、PMBOK(プロジェクトマネジメント知識体系ガイド)に代表されるような、プロジェクトマネジメントの考え方を取り入れることが有効です。これにより、非定常業務の計画精度や、部門横断的な連携を強化できる可能性があります。
3. 異分野から学ぶ姿勢
優れたものづくりの知見は、必ずしも製造業の中だけで見つかるとは限りません。建設業の段取り、IT業界のアジャイル開発、そして今回のようなイベント業界の制作管理など、他分野の優れたマネジメント手法に関心を持つことが、自社の競争力を高める上で重要になります。経営層や工場長は、異業種交流や外部セミナーへの参加を奨励し、現場に新しい風を吹き込む機会を設けることが望まれます。


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