米国の半導体サプライチェーン再構築の動きが加速する中、国策企業としての色合いを強めるインテルの動向が注目されています。政府による強力な後押しは、競合他社との公正な競争環境に影響を与え、グローバルなサプライチェーンに新たな力学を生み出そうとしています。
米政府の強力な後押しを受けるインテル
米国のCHIPS法に代表される半導体産業への大規模な政府支援は、経済安全保障の観点から国内の製造能力を高めることを目的としています。その中心的な担い手として、米国を代表する半導体メーカーであるインテルが位置づけられていることは、多くの関係者が認識するところでしょう。ロイター通信の報道によれば、インテルの経営陣はワシントンで巧みなロビー活動を展開し、自社が米国の半導体戦略の要であることを強く印象づけてきました。
これは単なる補助金の交付という話にとどまりません。政府関係者が顧客企業に対し、インテルのファウンドリ(半導体受託製造)サービスを利用するよう、有形無形の後押しをする可能性が指摘されています。国策として特定の企業を支援する、いわゆる「ナショナル・チャンピオン」を育成しようという強い意志が感じられます。製造業の実務から見れば、これは品質やコスト、納期といった従来の競争原理とは異なる、政治的な要素がサプライヤー選定に大きく影響し始めることを意味します。
競合ファウンドリの懸念と市場への影響
こうした動きに対し、米国内で大規模な工場建設を進めている海外の半導体メーカー、例えば台湾のTSMCや韓国のサムスン電子は、公正な競争が阻害されるのではないかという強い懸念を抱いています。彼らもCHIPS法による補助金の対象ではありますが、米国企業であるインテルが特別扱いされるのではないか、という疑念です。
もし政府の意向が顧客の調達判断に影響を及ぼすようになれば、世界の半導体ファウンドリ市場の勢力図が大きく変わる可能性があります。これまで技術力と生産性で圧倒的なシェアを誇ってきたTSMCの牙城に、米国政府という強力な支援者を得たインテルが挑む構図です。これは、半導体を利用するあらゆる産業、そして半導体製造装置や材料を供給する日本のメーカーにとっても、顧客のパワーバランスが変化する重要な局面と言えるでしょう。
サプライチェーンにおける地政学リスクの常態化
今回のインテルを巡る動きは、サプライチェーンの意思決定において、地政学的な考慮が不可欠になったことを改めて浮き彫りにしています。これまで製造業の現場では、QCD(品質、コスト、納期)の最適化が最優先課題でした。しかし、米中対立の激化や経済安全保障の強化という大きな潮流の中で、「どこで、誰が作っているのか」という生産地の国籍や企業の出自が、調達の安定性を左右する重要な要素となっています。
自社のサプライチェーンを点検する際、特定の国や地域への過度な依存(チャイナ・プラスワンなど)を見直す動きはすでに始まっていますが、今後は支援を受ける国策企業とそうでない企業との間の力学の変化にも注意を払う必要があります。安定供給を求めたはずのサプライチェーン再編が、結果として新たなリスクを生む可能性も視野に入れなければなりません。
日本の製造業への示唆
今回の米国の動きは、日本の製造業、特に経営層やサプライチェーン管理に携わる方々にとって、重要な示唆を含んでいます。以下に要点を整理します。
1. 顧客の勢力図変化への備え:
半導体業界では、米国政府の後押しを受けたインテルの復権により、ファウンドリ市場の競争環境が変わる可能性があります。これは、製造装置や材料メーカーにとって、主要顧客の事業戦略や投資計画が大きく変動することを意味します。特定の顧客への依存度を見直し、インテルを含む複数の主要プレーヤーとの関係性を再構築していく視点が求められます。
2. サプライチェーンにおける「国籍」の重み:
調達や生産拠点の選定において、コストや技術力だけでなく、企業や国の「国籍」という地政学的要素の重要性が増しています。自社の重要な部材や製品のサプライヤーが、各国の産業政策の中でどのような位置づけにあるのかを把握し、政治的な変動による供給リスクを評価する体制を整えることが不可欠です。
3. 日本の産業政策との連携:
米国と同様に、日本政府も半導体や重要物資の国内生産を支援する政策を強化しています。この米国の事例は、政府の支援が企業の競争力に直結する可能性を示唆しています。自社の事業戦略と国の政策をいかに連携させ、補助金や制度を有効に活用していくか、という経営的な判断がこれまで以上に重要になります。
4. 公正な競争環境の注視:
政府による特定企業への過度な支援は、グローバル市場における公正な競争を歪め、長期的にはサプライチェーン全体の効率性を損なう恐れがあります。自社が事業を展開する各国において、産業政策が市場に与える影響を冷静に分析し、公平な事業環境を求める働きかけも視野に入れるべきでしょう。


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