生産管理やサプライチェーンに関する世界的な学術研究は、今、何を議論しているのでしょうか。国際的な学術誌「International Journal of Operations & Production Management」の最新号から、デジタル化、サービス化、サーキュラーエコノミー、そしてサプライチェーンの強靭性(レジリエンス)といった、現代の製造業が直面する重要課題に関する潮流を読み解きます。
はじめに
オペレーションズ・マネジメント(OM)は、生産活動を効率的かつ効果的に管理するための学術分野であり、その研究成果は、製造業の現場改善から経営戦略に至るまで、幅広い示唆を与えてくれます。この分野で特に権威のある学術誌の一つである「International Journal of Operations & Production Management」(IJOPM)の2023年2月号(Volume 43, Issue 2)では、現代の製造業が取り組むべきテーマが数多く論じられています。本稿では、そこから見えてくる主要な潮流を、日本の製造業の実務者の視点から解説します。
潮流1:デジタル化とサービス化による新たな価値創造
今回の論文集で目立つテーマの一つが、「サービス化(Servitization)」と「デジタル化(Digitalization)」の融合です。サービス化とは、製品を販売するだけでなく、その製品に関連するサービス(保守、運用、コンサルティングなど)を一体として提供し、顧客価値を高める経営手法を指します。いわゆる「モノ売りからコト売りへ」の転換です。
研究では、IoTやAIといったデジタル技術が、このサービス化をいかに加速させ、新たな価値を生み出すかが議論されています。例えば、製品にセンサーを搭載して稼働データを収集し、故障を予知してメンテナンスを提供する「予知保全」は、その典型例と言えるでしょう。これは、単に製品の信頼性を高めるだけでなく、顧客の操業停止リスクを低減するという、より高度な価値を提供します。日本の製造業においても、こうした動きは加速していますが、ビジネスモデルや組織体制、さらには収益構造そのものを変革する必要があり、多くの企業が試行錯誤を続けているのが実情です。
潮流2:リーン生産とサーキュラーエコノミーの親和性
サステナビリティ、特に「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」への関心も非常に高まっています。これは、従来の「作って、使って、捨てる」という線形経済から脱却し、製品や資源を廃棄せずに循環させ続けることを目指す考え方です。
興味深いのは、このサーキュラーエコノミーの実践と、日本の製造業が得意としてきた「リーン生産」との関連性が指摘されている点です。リーン生産の根幹にあるのは「ムダの徹底的な排除」という思想ですが、これは資源の有効活用や廃棄物の削減を目指すサーキュラーエコノミーの理念と本質的に合致します。論文では、リーン生産の手法を応用することが、サーキュラーエコノミーの実現にどう貢献するかが分析されています。長年培ってきた改善活動やTQM(総合的品質管理)の知見は、サステナビリティという新たな文脈で、再び大きな強みとなり得る可能性を示唆しています。
潮流3:不確実性の時代におけるサプライチェーンの強靭化
近年のパンデミックや地政学リスクの高まりを受け、「サプライチェーン・レジリエンス(強靭性)」も重要な研究テーマとなっています。これは、予期せぬ混乱が発生した際に、サプライチェーンが迅速に回復し、事業を継続できる能力を指します。
注目すべきアプローチとして、「協争(Coopetition)」と「組織の両利き(Organizational Ambidexterity)」が挙げられています。「協争」とは、競争相手と協力関係を築くことで、業界全体のリスク対応力を高める戦略です。例えば、災害時に部品を相互融通するような取り組みが考えられます。また、「組織の両利き」とは、既存事業の効率性を高める「深化」の活動と、新たな機会を模索する「探索」の活動を、組織が同時にバランスよく追求する能力を指します。効率一辺倒で最適化されたサプライチェーンは脆弱性を抱えがちですが、代替調達先の開拓や新技術の導入といった「探索」活動を並行して行うことで、不測の事態への備えが可能になります。日本の系列取引に代表される緊密なサプライチェーンは効率性の面で優れていますが、今後はより柔軟で多様なネットワークを構築する視点が不可欠となるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回取り上げた学術的な潮流から、日本の製造業が今後取り組むべき課題として、以下の点が挙げられます。
1. デジタル技術の戦略的活用:
DXを単なる業務効率化の手段と捉えるのではなく、サービス化による新たなビジネスモデル構築や顧客価値創造の中核に据える視点が重要です。自社の強みである製品と、デジタル技術をいかに結びつけ、付加価値の高い「コト」を提供できるかが問われます。
2. サステナビリティを競争力の源泉に:
環境対応をコストではなく、新たな事業機会と捉える必要があります。特に、リーン生産や品質管理で培った現場の改善能力は、サーキュラーエコノミーを推進する上で大きな武器となります。設計思想からリサイクルプロセスまで、バリューチェーン全体で「循環」を前提としたものづくりへの転換が求められます。
3. しなやかで強靭なサプライチェーンの再構築:
効率性のみを追求したサプライチェーンのリスクが明らかになった今、冗長性や代替可能性を意図的に組み込んだ、しなやかな供給網の設計が不可欠です。また、自社単独での対応には限界があり、時には競合他社とも連携する「協争」の発想も必要となるでしょう。
4. 変化に適応する組織能力の醸成:
既存事業の改善(深化)と、新規事業や技術の模索(探索)を両立させる「両利きの経営」は、不確実性の高い時代を乗り切るための鍵となります。現場の改善活動を継続しつつも、経営層は未来への投資を怠らず、組織全体で変化への適応力を高めていく必要があります。


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