米国の国立標準技術研究所（NIST）は、製造業の生産性向上と重要インフラ保護を目的とした、2つのAI研究センターの設立を発表しました。この動きは、AI技術の標準化と経済安全保障を結びつける米国の国家戦略を反映しており、日本の製造業にとっても重要な示唆を含んでいます。
米国におけるAI活用の新たな動き
米国の国立標準技術研究所（NIST）は、人工知能（AI）技術の産業応用を加速させるため、新たに2つの研究センターを設立しました。ひとつは「米国の製造業の生産性のためのAI経済安全保障センター」、もうひとつは「米国の重要インフラを保護するためのAI経済安全保障センター」と名付けられています。この発表は、米国がAI技術を単なる効率化ツールとしてではなく、国家の産業競争力と経済安全保障を支える基盤技術と位置づけていることを明確に示しています。
新設された2つのセンターの役割
今回設立されたセンターは、それぞれ異なる焦点を持っています。日本の製造業に携わる我々にとって、特に注目すべきはその目的です。
1. 製造業の生産性向上を目的とするセンター
このセンターは、米国内の製造業者がAIをより効果的かつ安全に活用し、生産性を向上させることを支援します。具体的には、AI技術の信頼性評価、性能測定基準の策定、安全な運用ガイドラインの作成などに取り組むとみられます。これは、日本の工場現場で進められているスマートファクトリー化や、AIを用いた外観検査、予知保全といった取り組みと直接的に関連するものです。NISTは日本の産業技術総合研究所（産総研）のように、計測や評価の「標準」を定める公的機関であり、ここでの研究成果が将来の国際標準につながる可能性も視野に入れる必要があります。
2. 重要インフラの保護を目的とするセンター
もう一方のセンターは、電力網、交通システム、そして製造業を含む重要インフラを、AIに起因する脅威から保護することを目指します。工場がサイバー攻撃の標的となる事例が増える中、AIシステムの導入は新たなセキュリティリスクを生む可能性があります。例えば、AIが制御する生産ラインが外部から不正に操作されたり、学習データに悪意のある情報が混入されたりするリスクです。このセンターは、こうした脅威を分析し、防御策を研究開発する役割を担います。製造業のサプライチェーン全体を、国家レベルのインフラとして捉えている点が特徴的です。
背景にある「経済安全保障」という視点
両センターの名称に「経済安全保障」という言葉が含まれている点は、非常に重要です。これは、AI技術の活用が、単に一企業の競争力だけでなく、国家間の技術覇権やサプライチェーンの強靭化に直結するという認識の表れです。AI導入における技術的な課題解決だけでなく、その技術がもたらすリスクを管理し、国家としての産業基盤をいかに守るかという、より大きな視点に基づいた取り組みと言えるでしょう。日本の製造業も、グローバルな事業展開を行う上で、このような国際的な潮流を無視することはできません。
日本の製造業への示唆
今回のNISTの動きは、米国の国内政策に留まらず、日本の製造業にもいくつかの重要な示唆を与えています。自社の事業と照らし合わせ、今後の方向性を考える上での参考にすべき点を以下に整理します。
1. AI活用の「標準化」動向の注視
NISTが進める研究は、AIの性能評価や信頼性に関する計測・評価手法の標準化につながる可能性があります。特に、米国市場で事業を展開する企業や、米国の基準がグローバルスタンダードになりやすい分野（航空宇宙、医療機器など）では、これらの動向を注視し、自社の技術開発や品質管理体制に反映させていく必要があります。
2. 生産性向上とセキュリティ対策の両立
AIを導入する際、生産性や品質の向上といった「攻め」の側面に目が行きがちですが、今後はセキュリティという「守り」の側面を同等に重視することが不可欠です。特に、工場のOT（Operational Technology）環境にAIを導入する場合は、従来のITセキュリティとは異なる知見が求められます。経営層や工場責任者は、AI導入を技術部門だけの課題とせず、事業継続計画（BCP）の一環として全社的なリスク管理体制を構築することが重要になります。
3. サプライチェーン全体での視点
経済安全保障の観点では、自社だけでなく、サプライヤーから顧客に至るまでのサプライチェーン全体でのセキュリティと信頼性が問われます。AIを活用したスマートファクトリー化を進める際には、自社の取り組みがサプライチェーン全体の強靭化にどう貢献できるか、あるいはどのような新たなリスクを生む可能性があるか、という視点を持つことが今後ますます求められるでしょう。
コメント