中国を代表する白酒(蒸留酒)メーカーである五粮液が、工場のデジタル変革に乗り出しています。千年の歴史を持つ伝統的な醸造プロセスに、最新の光通信技術を導入するこの取り組みは、日本の製造業にとっても示唆に富むものです。
はじめに:伝統産業におけるデジタル変革の挑戦
五粮液(Wuliangye)は、中国で高い知名度を誇る高級白酒メーカーであり、その歴史は千年以上に遡ると言われています。長年にわたり受け継がれてきた伝統的な醸造技術がその品質の根幹をなしていますが、同社は今、生産、管理、サプライチェーン、さらにはマーケティングに至るまで、全社的なデジタル化と知能化(インテリジェント化)を推進する重要な局面を迎えています。これは、伝統的なものづくりと最先端のデジタル技術をいかに融合させるかという、多くの老舗企業が直面する課題への一つの挑戦と言えるでしょう。
工場の神経網を刷新する「FTTM」という考え方
この変革の中核をなす技術の一つが、「F5G-A FTTM (Fiber to the Machine)」です。これは、工場内に張り巡らされる通信ネットワークにおいて、末端の機械(Machine)まで直接光ファイバー(Fiber)を敷設するという考え方です。従来の工場では、制御盤や各機器への接続にはイーサネット(LANケーブル)が広く用いられてきました。しかし、高精細カメラによる画像検査、多数のIoTセンサーからのデータ収集、AGV(無人搬送車)との高速通信など、扱うデータが爆発的に増加するスマート工場においては、従来の通信方式では帯域幅や安定性に限界が見え始めています。
光ファイバーを機械の直近まで敷設することにより、以下のような利点が得られると期待されます。
- 高速・大容量通信: 大量のセンサーデータや高精細な映像データを遅延なく伝送できます。
- 高い信頼性と安定性: 光ファイバーは電磁ノイズの影響を受けにくいため、モーターや溶接機などが稼働する工場環境でも安定した通信が可能です。
- 将来の拡張性: 将来的にさらに高度なデータ活用や機器の追加を行う際にも対応しやすい、柔軟なインフラとなります。
五粮液の事例は、まさにこの「工場の神経網」とも言える通信インフラを根本から見直し、将来のスマート醸造に向けた強固な基盤を構築しようとする試みです。
スマート醸造が目指すもの
最先端の通信インフラを整備することで、伝統的な醸造プロセスは新たな段階へと進化する可能性があります。例えば、麹造りや発酵、蒸留といった各工程に設置されたセンサーから得られる温度、湿度、成分などの膨大なデータをリアルタイムで収集・分析。これにより、これまで熟練職人の経験と勘に頼ってきた部分をデータに基づいて可視化し、品質のさらなる安定化や最適化を図ることが可能になります。
また、生産現場だけでなく、原材料の受け入れから製品の出荷、そして消費者の手に渡るまでのサプライチェーン全体をデータで繋ぐことで、高度なトレーサビリティを実現することも視野に入っていると考えられます。これは、食品製造業にとって極めて重要な品質保証とブランド価値の向上に直結します。
日本の製造業への示唆
五粮液の取り組みは、特定の業界に限らず、日本の製造業全体にとって重要な視点を提供しています。以下に要点を整理します。
1. 通信インフラは競争力を左右する経営基盤である
スマート工場化やDXを推進する上で、アプリケーションやソフトウェアに注目が集まりがちですが、その土台となる通信インフラの重要性を見過ごすべきではありません。将来のデータ活用を見据え、自社の工場に最適なネットワークは何かを再検討することは、重要な経営判断となります。特に、ノイズの多い環境や、大量のデータを扱う工程を持つ工場では、FTTMのような光ファイバーを主軸としたネットワーク構築は有力な選択肢となり得ます。
2. 伝統とデータの融合による新たな価値創造
日本の製造業の強みである「匠の技」や「現場の知恵」。これらは貴重な財産ですが、属人化しやすいという課題も抱えています。センサーやカメラを通じてこれらの暗黙知をデータ化・形式知化し、技術伝承やさらなる改善に繋げる試みは、事業継続性の観点からも極めて重要です。伝統を否定するのではなく、デジタル技術によって伝統の価値をさらに高めるという発想が求められます。
3. 部分最適から全体最適へ
この事例が生産現場だけでなく、管理、サプライチェーン、マーケティングまでを見据えている点は注目に値します。生産効率の向上といった「部分最適」に留まらず、バリューチェーン全体をデジタルで繋ぐことで得られる「全体最適」を目指す視座は、これからのものづくりにおいて不可欠となるでしょう。工場のデジタル化は、あくまで全社的な変革の一部であるという認識が重要です。


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