米国の製造業保護政策に潜む「構造的欠陥」とは何か ― 鉄鋼業界の視点から貿易政策の実態を読み解く

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米国では製造業の国内回帰が大きな潮流となっていますが、その実効性を疑問視する声も上がっています。特に貿易政策には国内産業を十分に保護しきれていない「構造的欠陥」が存在すると、米国の専門家は指摘します。本記事では、鉄鋼業界の視点から米国の貿易政策の実態を解説し、日本の製造業が取るべき対応について考察します。

「製造業回帰」を掲げる米国、しかし実態は

近年、米国ではインフレ抑制法(IRA)や各種の「バイ・アメリカン」条項などを通じて、製造業の国内回帰(リショアリング)を強力に推進する政策が打ち出されています。半導体や電気自動車(EV)関連のサプライチェーンを国内に呼び戻そうとする動きは、日本の製造業関係者の皆様も注視されていることでしょう。

しかし、こうした華々しい産業政策の裏側で、輸入製品との競争に直面する現場では、既存の貿易政策が十分に機能していないという厳しい指摘がなされています。米国の鉄鋼市場情報誌に掲載された貿易問題の専門弁護士によるコラムでは、米国の貿易政策が抱える「構造的欠陥(structural gaps)」が、国内製造業の足かせになっていると警鐘を鳴らしています。

貿易救済措置に潜む「構造的欠陥」

記事が指摘する「構造的欠陥」とは、具体的に何を指すのでしょうか。これは主に、不公正な貿易から国内産業を保護するための仕組み、いわゆる貿易救済措置(アンチダンピング関税や相殺関税など)の運用実態に関する問題点を指していると考えられます。

例えば、不当に安価な輸入品によって国内企業が損害を受けたとします。その場合、企業は政府に調査を申請し、不当廉売(ダンピング)などが認定されれば、追加関税が課されることになります。しかし、このプロセスには非常に長い時間がかかります。調査が完了し、実際に関税が課される頃には、国内企業の市場シェアはすでに奪われ、事業の存続が危うくなっているケースも少なくありません。これは、工場の生産現場で問題の根本原因を放置したまま、応急処置を繰り返している状況に似ています。問題が解決したときには、すでに手遅れなのです。

さらに、巧妙化する迂回輸出への対策も後手に回りがちです。ある国からの輸入品に関税が課されると、その製品を第三国に一旦輸出し、そこでわずかな加工を施して原産国を偽り、米国に輸出するといった手口です。こうした迂回ルートを特定し、規制を適用するまでにも時間がかかり、その間、国内市場は不公正な輸入品に晒され続けることになります。法や規制の網の目をくぐる動きと、それを追いかける規制当局の「いたちごっこ」が続いているのが実情です。これは、サプライチェーン管理において、二次、三次のサプライヤーまで遡って原産地を正確に把握することの難しさと共通する課題と言えるでしょう。

一貫性を欠く政策がもたらす不確実性

もう一つの課題は、政策の一貫性の欠如です。製造業の保護を掲げる一方で、国内のインフレを抑制するために特定の製品の関税を一時的に引き下げるといった、矛盾した政策が取られることがあります。また、政権交代によって貿易政策の大きな方針転換が起こる可能性も常に存在します。こうした予測不能な政策変更は、企業の長期的な設備投資やサプライチェーン構築の計画に大きな不確実性をもたらします。

日本の製造業の視点から見れば、これは対岸の火事ではありません。米国市場で事業を展開する上で、こうした政策の「揺らぎ」は、為替変動と同等、あるいはそれ以上に注視すべき経営リスクです。米国の政策を表面的なスローガンだけで判断するのではなく、その運用実態や潜在的な矛盾点を冷静に分析することが不可欠です。

日本の製造業への示唆

今回の米国の専門家による指摘は、日本の製造業にとっても重要な示唆を含んでいます。以下に要点を整理します。

1. 米国政策の多角的な分析の必要性
米国の「製造業回帰」政策を鵜呑みにするのではなく、その実効性や貿易救済措置の運用実態といった裏側までを深く理解する必要があります。特に、米国での生産や大規模な投資を検討する際には、こうした政策の不確実性や「構造的欠陥」が事業に与える影響をリスクシナリオとして織り込むべきです。

2. サプライチェーンの精緻な管理
迂回輸出の問題は、自社のサプライチェーン管理の重要性を改めて浮き彫りにします。特に、米国の貿易規制の対象となりうる国からの部品や素材を調達している場合、意図せず規制に抵触するリスクがないか、サプライヤーの原産国管理を徹底することが求められます。これは品質管理におけるトレーサビリティ確保と同様に、事業継続における重要な要素となります。

3. 政策動向の継続的な監視体制
米国の通商政策は、非常に専門的かつ政治的な要素が絡み合って決定されます。法務部門や事業企画部門は、現地の専門家や業界団体と連携し、関税率の変更や新たな貿易調査の開始といった情報を迅速に収集・分析する体制を構築することが重要です。現場の技術者や工場長も、自社製品や調達品に関わる規制の動向に関心を持つことが、予期せぬリスクの回避につながります。

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