世界保健機関(WHO)の報告によれば、世界のワクチン供給量全体の78%が、わずか10社のメーカーによって生産されていることが明らかになりました。この事実は、平時には効率的とされる生産の集中が、有事においてはいかにサプライチェーンの脆弱性となりうるかを示唆しており、日本の製造業にとっても重要な教訓を含んでいます。
WHOが明らかにしたワクチン製造の寡占状況
世界保健機関(WHO)が公表したデータによると、世界で生産されるワクチン総量のうち、実に78%が上位10社のメーカーによって供給されています。これは、医薬品という人々の生命に直結する製品の製造が、極めて少数のグローバル企業に依存している構造を浮き彫りにしています。この生産の集中は、規模の経済による効率化や品質の安定といったメリットがある一方で、グローバルな供給網に潜むリスクを我々に突きつけています。
この状況は、医薬品業界に限った話ではありません。日本の多くの製造業においても、特定の重要部材や特殊な原材料の調達を、海外の限られたサプライヤーに依存しているケースは少なくないでしょう。今回のWHOの報告は、自社のサプライチェーンにおける「見えざる依存関係」を再点検する良い機会と捉えることができます。
生産集中がもたらすサプライチェーン上の課題
特定の企業や地域に生産が集中することは、いくつかの深刻な課題をもたらします。まず挙げられるのが、地政学的リスクやパンデミック、自然災害などによる供給寸断の危険性です。ある一国の工場が稼働停止に追い込まれただけで、世界中の供給が滞ってしまう事態は、近年の半導体不足やコロナ禍初期のマスク不足など、我々が実際に経験してきた通りです。ワクチンのような戦略物資であれば、その影響は計り知れません。
また、品質管理の観点からも課題はあります。供給元が限定されることで、万が一そのサプライヤーで重大な品質問題が発生した場合、代替の調達先を即座に確保することが極めて困難になります。これは、生産計画の遅延だけでなく、事業継続そのものを脅かす事態に発展しかねません。
自社のサプライチェーンを再点検する機会に
今回の報告は、グローバルに事業を展開する日本の製造業にとって、自社のサプライチェーン戦略を見直すための重要な示唆を与えてくれます。効率性を追求するあまり、特定のサプライヤーや国・地域に過度に依存していないか、客観的なデータに基づいて評価することが求められます。特に、代替が効かない「シングルソース」となっている部材や原材料については、そのリスクレベルを正確に把握し、対策を講じておく必要があります。
対策としては、供給元の多様化(マルチソーシング)や、異なる地域でのサプライヤー開拓、さらには重要部品の内製化や国内生産への回帰(リショアリング)といった選択肢が考えられます。もちろん、これらはコストとのトレードオフになりますが、事業継続計画(BCP)の観点から、どこまでのリスクを許容し、どこから対策を打つべきか、経営レベルでの判断が不可欠です。
日本の製造業への示唆
今回のWHOの報告から、日本の製造業が実務レベルで得るべき示唆を以下に整理します。
1. サプライチェーンの可視化とリスク評価の徹底
自社製品のサプライチェーンを遡り、一次サプライヤーだけでなく、二次、三次サプライヤーまで含めた依存構造を可視化することが第一歩です。その上で、特定の企業や国・地域への依存度を定量的に評価し、潜在的なリスクを洗い出す必要があります。
2. 供給元の多様化と代替案の準備
「シングルソース」依存のリスクを低減するため、平時から代替サプライヤーの調査・認定を進めておくことが重要です。すぐに取引を開始できなくとも、有事の際に迅速に切り替えられる選択肢を複数持っておくことが、供給の安定化に繋がります。
3. BCP(事業継続計画)への反映
サプライチェーン寸断のリスクを、具体的なシナリオとしてBCPに織り込むべきです。机上の計画に留まらず、代替調達のシミュレーションや、重要部材の戦略的在庫の積み増しなど、実践的な対策を検討することが求められます。
4. 国内生産能力の戦略的価値の再評価
効率性のみを追求したグローバル最適化から一歩引いて、重要な製品や基幹部品については、国内に生産能力を保持することの戦略的価値を再評価する時期に来ていると言えるでしょう。これは、経済安全保障の観点からも、今後の重要な経営課題となります。


コメント