インド電子産業の次の一手:「組立」から「重要部品製造」への本格シフト

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インド政府は、電子機器産業を単なる最終組立の拠点から、より付加価値の高い重要部品の製造ハブへと転換させるための大規模な投資プログラムを承認しました。この動きは、世界のサプライチェーンにおけるインドの役割を大きく変える可能性があり、日本の製造業にとっても無視できない変化となりそうです。

インド政府が主導する産業構造の転換

インド政府が、電子部品製造の強化を目的とした約2.29兆ルピー(日本円で約4兆円規模)にのぼる新たなプログラムを承認したことが報じられました。この投資は、通信機器、自動車、産業機器など幅広い分野の部品製造を対象としており、インドがこれまで進めてきた生産連動型優遇策(PLI)をさらに一歩進めるものと位置づけられます。これまでのPLIスキームは、主にスマートフォンに代表される最終製品の「組立」を誘致することに成功しましたが、今回の動きは、産業の根幹をなす「部品製造」のエコシステムを国内に構築しようという、より野心的な国家戦略の表れと捉えることができます。

「組立拠点」からの脱却とサプライチェーンの内製化

近年のインドは、「チャイナ・プラスワン」の有力な受け皿として、多くのグローバル企業から最終製品の組立拠点として選ばれてきました。特にアップル社のiPhone生産などはその象徴的な成功例です。しかし、その一方で、生産に必要な半導体、ディスプレイ、バッテリー、プリント基板(PCB)といった重要部品の多くは、依然として中国や台湾、韓国などからの輸入に依存しているのが実情です。この構造は、サプライチェーンの脆弱性であると同時に、国内の付加価値を高める上での課題でもありました。今回の新プログラムは、この課題に正面から向き合い、電子機器のサプライチェーンを川上から川下まで国内で垂直統合することを目指すものです。これは、単なるコスト競争力だけでなく、経済安全保障の観点からも極めて重要な一手と言えるでしょう。

半導体、ディスプレイなど重要部品への注力

インドが特に注力するのは、電子機器の心臓部とも言える部品群です。具体的には、半導体の後工程(OSAT)やファブ(前工程)の誘致、液晶やOLEDといったディスプレイパネルの生産、電気自動車(EV)にも不可欠なバッテリーセル、そしてあらゆる電子機器の基盤となるプリント基板などが重点分野として挙げられています。これらの分野は、いずれも大規模な設備投資と高度な生産技術、そしてクリーンルームのような厳格な環境管理が求められる領域です。インド国内での生産が本格化すれば、これまで特定地域に集中していた部品供給網が地理的に分散され、世界的な供給リスクの低減にも繋がる可能性があります。もちろん、技術や人材、インフラ面での課題は依然として存在しますが、政府の強力な後押しにより、その解決に向けた動きが加速することが予想されます。

日本の製造業への示唆

このインドの大きな変化は、我々日本の製造業にとって、多岐にわたる影響を及ぼすと考えられます。以下に、実務的な観点からいくつかの示唆を整理します。

1. サプライチェーン戦略の再構築
インドを、単なる最終製品の組立・販売市場としてだけでなく、重要部品の「調達先」および「生産拠点」として再評価する必要性が高まっています。地政学リスクを考慮したサプライチェーンの複線化を検討する上で、インドの部品製造能力の向上は重要な選択肢となり得ます。自社の調達ポートフォリオを見直し、インドからの調達可能性を具体的に検討すべき段階に来ているかもしれません。

2. 新たな事業機会の探索
インド国内で部品工場が次々と立ち上がることは、日本の製造装置メーカー、素材メーカー、金型メーカー、あるいは工場建設に関わる企業にとって大きなビジネスチャンスを意味します。インド企業や、同国に進出するグローバル企業に対して、日本の持つ高い技術力や品質管理ノウハウを活かした製品・サービスを提供する好機です。現地企業との技術提携や合弁事業なども、有効な市場参入戦略となるでしょう。

3. 競争環境の変化への備え
インド国内で製造された部品は、いずれ国際市場においても競争力を持つ可能性があります。これまで日本企業が強みとしてきた分野においても、インド発の新たな競合が登場することを念頭に置く必要があります。コスト競争力だけでなく、技術の優位性をいかに維持・向上させていくかという課題が、改めて問われることになります。

4. 現地での人材育成と品質管理
インドでの生産を成功させるためには、現地の労働力をいかに育成し、日本水準の品質管理体制をいかに根付かせるかが鍵となります。これは一朝一夕に実現できるものではなく、粘り強い教育と現場での実践が不可欠です。文化や慣習の違いを乗り越え、現地のリーダーを育てていく長期的な視点が求められます。

インドの製造業は、まさに構造的な変革期を迎えています。この地殻変動を対岸の火事と捉えるのではなく、自社の事業戦略にどう組み込んでいくかを冷静に分析し、次の一手を準備することが、今後の持続的な成長にとって重要となるでしょう。

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