米国の製造業における長期的な雇用喪失は、単なる経済の構造変化だけでは説明がつきません。米国のシンクタンクによる近年の分析は、その根本原因を歴代政権の政策の不備に求めています。この議論は、グローバルな競争環境に置かれている日本の製造業にとっても、重要な示唆を与えてくれます。
経済構造の変化だけでは説明できない雇用の「絶対数」の減少
経済の発展に伴い、農業から工業、そしてサービス業へと雇用の中心が移っていくのは、多くの先進国でみられる自然な流れです。そのため、全雇用に占める製造業の「割合(シェア)」が低下すること自体を問題視する声は多くありません。しかし、米国で深刻なのは、単なるシェアの低下ではなく、製造業の雇用の「絶対数」が、特に2000年代以降に急激に減少したという事実です。これは、単なる産業構造の変化だけでは説明が難しく、何らかの強力な外部要因が作用したことを示唆しています。
日本の製造業もまた、長年にわたり就業者数の減少傾向が続いています。しかしその背景には、生産性の向上による省人化や、国内の人口減少といった要因も含まれます。一方で、米国の事例は、国の政策、特に通商や為替に関する方針が、国内の生産基盤と雇用にどれほど大きな影響を与えうるかを示す、 sobering( sobering:身が引き締まるような)な教訓と言えるでしょう。
見過ごされてきた貿易不均衡と為替の問題
米国の専門家が指摘する政策の不備とは、具体的には何でしょうか。その一つが、長年にわたる貿易赤字の放置です。特に、ドルが基軸通貨であることに起因するドル高傾向が、米国製品の国際競争力を削ぎ、輸入を促進し、結果として国内の工場が閉鎖に追い込まれる一因となったと分析されています。現場の必死のカイゼン活動や生産性向上の努力も、為替という大きな波の前ではその効果が相殺されかねません。
この構図は、かつて急激な円高によって多くの日本の輸出企業が苦しんだ経験と重なります。自社の技術力や品質を高める不断の努力はもちろん重要ですが、それと同時に、為替や通商といったマクロな事業環境が自社の競争力に与える影響を、経営層から現場のリーダーまでが正しく認識しておく必要があります。グローバルなサプライチェーンを構築・運営する上では、こうしたマクロ環境のリスク分析が不可欠です。
「本物の産業政策」の必要性
元記事の論調は、これまでの米国の政策が、製造業を本気で支援するものではなかったと示唆しています。個別の企業への補助金や、特定の地域への工場誘致といった「点」の支援だけでは、産業全体の空洞化という大きな流れを食い止めることはできなかった、というわけです。求められているのは、為替レートの不均衡是正や、不公正な貿易慣行への断固たる対応、そして次世代の基幹産業を育成するための長期的・戦略的な投資といった、より構造的で一貫した「産業政策」であると論じられています。
近年、日本政府も経済安全保障の観点から、半導体や蓄電池といった戦略的に重要な分野で、国内生産拠点の整備を強力に後押ししています。こうした動きが、単なる場当たり的な対策に終わらず、日本のものづくりの競争力を長期的に高めるための礎となるか、我々実務者としても注意深く見守り、また、自社の戦略にどう活かせるかを考えていく必要があります。
日本の製造業への示唆
米国の議論から、日本の製造業が学ぶべき点は多岐にわたります。以下に要点を整理します。
1. マクロ環境認識の重要性:
自社の経営努力だけではコントロールできない、為替、通商政策、地政学リスクといったマクロ環境が、事業の前提を大きく左右します。これらの動向を常に注視し、事業継続計画(BCP)やサプライチェーン戦略に織り込むことが、これまで以上に重要になっています。
2. 国内生産拠点の価値の再評価:
コスト効率のみを追求した海外移転には、サプライチェーンの寸断や技術流出といったリスクが伴います。経済安全保障や技術・技能の継承、そして有事の際の供給責任といった観点から、国内に生産拠点を維持・強化することの戦略的価値を、今一度、多角的に評価すべきでしょう。
3. 政策を「活用する」という経営視点:
政府が打ち出す産業政策や補助金制度を、受動的に待つのではなく、自社の成長戦略と結びつけて能動的に活用する視点が求められます。国の戦略的方向性を理解し、自社の技術開発や設備投資の計画をそれに沿わせることで、より大きな成長の機会を掴むことが可能になります。


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