ポーランドの国策電気自動車(EV)企業であるElectroMobility Poland(EMP)が、当初の独自ブランド車開発から、グローバルパートナーとの協業による「製造・技術ハブ」の構築へと戦略の軸足を移しつつあります。この動きは、EV化が進む中での国家的な産業戦略の一つのあり方を示すものであり、日本の製造業にとっても示唆に富む事例と言えるでしょう。
ポーランド国策EVプロジェクトの方向転換
ポーランド政府が支援するElectroMobility Poland(EMP)社は、これまで「Izera」という国産EVブランドの立ち上げを目指してきました。しかし、最近の報道によれば、同社はグローバルな自動車パートナーと協力し、ポーランドをEVの製造および技術開発の集積地、いわゆる「ハブ」として機能させることに重点を置く戦略へと転換した模様です。これは、ゼロからEVブランドを立ち上げる壮大な計画から、より現実的で地に足のついた産業政策へと舵を切ったことを意味します。
戦略転換の背景にある現実的な判断
この戦略転換の背景には、EV開発の厳しさに対する冷静な認識があると考えられます。EVを一から開発するには、バッテリー、モーター、そして車載ソフトウェアや統合制御プラットフォームなど、極めて高度かつ広範な技術領域で莫大な投資が必要となります。特に競争の激しい市場環境において、実績のない新規ブランドが単独でこれらすべてを開発し、市場に投入するのは非常に困難な道です。EMP社は、中国の吉利汽車(Geely)が開発したプラットフォームを採用することを発表しており、今回の戦略転換は、こうした外部の有力な技術を有効活用し、自国の強みである「ものづくり」に集中するという現実的な判断に基づいていると見られます。
「製造拠点」としてのポーランドの強み
ポーランドは、地理的に欧州市場の中心に位置し、比較的コストを抑えながらも質の高い労働力を確保できることから、以前より欧州の自動車産業における重要な生産拠点としての地位を確立してきました。すでに多くの日系を含む自動車部品メーカーも工場を構えています。また、韓国のLGエナジーソリューションが世界最大級のEV用バッテリー工場を稼働させるなど、EV関連のサプライチェーンも集積しつつあります。今回のEMP社の戦略は、こうした既存の産業基盤と地理的優位性を最大限に活かし、EV時代においても欧州における生産ハブとしての地位を確固たるものにしようという国家的な狙いが込められていると言えるでしょう。
日本の視点からの考察
このポーランドの動きは、EV化に伴う国際的な生産分業体制の再編を象徴する出来事です。すべての国や企業が、開発から生産、販売までを一気通貫で行う「垂直統合モデル」を目指せるわけではありません。むしろ、特定の有力企業が開発したプラットフォームや基幹部品をベースに、各地域の企業が生産や一部のローカライズを担う「水平分業モデル」が、今後さらに広がっていく可能性を示唆しています。これは、既存の自動車産業の構造を大きく変える可能性があり、日本の部品メーカーにとっては、従来の取引先である完成車メーカーだけでなく、こうした新たな生産主体とのビジネス機会が生まれることも考えられます。
日本の製造業への示唆
今回のポーランドの事例から、我々日本の製造業が汲み取るべき要点は、以下の3点に集約されると考えます。
1. 自前主義からの転換と協業の重要性
EV時代の開発競争は、速度と規模がこれまで以上に重要になります。すべての技術を自社で開発することに固執するのではなく、ポーランドのように、外部の優れた技術やプラットフォームを積極的に活用し、自社の強みが活きる領域に経営資源を集中させるという発想が不可欠です。オープンな協業体制をいかに構築できるかが、今後の競争力を左右するでしょう。
2. グローバルなサプライチェーン再編への備え
EV化は、エンジンやトランスミッションを中心とした従来のサプライチェーンを根本から覆します。ポーランドのような国が新たな生産ハブとして台頭することで、部品供給の流れも大きく変わります。自社の技術や製品が、これから形成される新たなサプライチェーンの中でどのような価値を提供できるのか、グローバルな視点で自社の立ち位置を再定義し、戦略を練り直す必要があります。
3. 「製造力」という不変の価値の再認識
ソフトウェアや先進技術に注目が集まりがちですが、最終的な製品の品質、コスト、そして信頼性を担保するのは、現場の「製造力」です。高品質な製品を、安定的に、かつ効率的に生産する能力は、EV時代においても企業の競争力の源泉であり続けます。ポーランドが国の戦略として「製造ハブ」を目指していることは、この「製造力」の価値が決して揺るがないことを示しています。日本の製造業が長年培ってきた品質管理、カイゼン、そして現場の知恵といった強みを、今後も磨き続けることが極めて重要です。


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