日々の生産ノルマ達成やトラブル対応に追われる中で、私たちはともすると短期的な視点に陥りがちです。本記事では、生産管理における目標設定のアプローチを「戦略的計画」と「場当たり的対応」の二つの側面から比較し、持続的な成長を実現するための考え方を探ります。
生産管理の目標は「今日を乗り切ること」だけではない
製造現場における生産管理の役割は、単に機械を稼働させ、日々の生産ノルマを達成することだけにとどまりません。もちろん、納期遵守や品質維持といった日々の業務遂行は極めて重要です。しかし、それらの活動が長期的な工場の成長や競争力向上にどう繋がっているのか、という視座を持つことが、管理者やリーダーには求められます。
ここで問われるのが、目標設定のアプローチです。目前の課題に反射的に対応する「場当たり的対応(Reactive Execution)」と、長期的な視点から計画的に目標を設定し実行する「戦略的計画(Strategic Planning)」は、似て非なるものと言えるでしょう。
場当たり的対応(Reactive Execution)とその限界
「場当たり的対応」とは、日々発生する問題や要求に対して、その都度対処していくアプローチです。例えば、急な欠員による人員再配置、設備の突発故障への対応、特急の生産指示への対応などがこれにあたります。日本の製造現場は、こうした変化への柔軟な対応力に長けており、それによって高い生産性を維持してきた側面もあります。
しかし、このアプローチには限界も存在します。常に問題の後追いに終始するため、根本的な原因解決に至らず、同じ問題が繰り返し発生する「モグラ叩き」の状態に陥りがちです。また、現場は目先の対応に疲弊し、改善活動や人材育成といった、未来への投資となる活動に時間を割くことが難しくなります。短期的には成果を上げているように見えても、長期的には組織の成長を阻害する要因となりかねません。
戦略的計画(Strategic Planning)によるアプローチ
一方、「戦略的計画」とは、会社の経営目標や事業戦略に基づき、生産現場が達成すべき中長期的な目標を具体的に設定し、その達成に向けた道筋を描くアプローチです。例えば、「3年後に生産コストを15%削減する」「来期中に特定ラインの不良率を半減させる」といった目標が考えられます。そして、その目標を達成するために、どのような設備投資が必要か、どのような人材育成プログラムを組むか、どのような改善活動(PDCAサイクル)を回すか、といった具体的な計画に落とし込んでいきます。
このアプローチの利点は、組織全体の向かうべき方向性が明確になることです。現場の担当者一人ひとりが、日々の業務が会社の大きな目標にどう貢献しているのかを理解しやすくなり、モチベーションの向上にも繋がります。また、データに基づいた客観的な意思決定を促し、継続的な改善の仕組みを組織に根付かせることができます。これは、日本企業が得意としてきた「方針管理」の考え方にも通じるものがあります。
二つのアプローチのバランスをどう取るか
言うまでもなく、理想は戦略的計画に基づいてすべての活動を行うことです。しかし、現実の工場運営では、予期せぬトラブルや顧客からの急な要求は避けられません。したがって、戦略だけを追い求めて現場の即応力を失っては本末転倒です。
重要なのは、この二つのアプローチのバランスを取ることです。日々の問題解決(場当たり的対応)を効率的にこなしつつ、いかにして戦略的計画のための時間とリソースを意図的に確保するかが、工場経営の鍵となります。例えば、日々の朝会では短期的な課題共有と対策確認を行い、週次や月次の定例会議では中長期的なKPIの進捗確認や改善計画の議論を行う、といった使い分けが有効でしょう。場当たり的な対応から得られた知見を、次の戦略的計画にフィードバックする仕組みを構築することも重要です。
日本の製造業への示唆
本記事で考察した二つのアプローチについて、日本の製造業が実務に活かすための示唆を以下に整理します。
1. 「モグラ叩き」からの脱却意識を持つこと
日々のトラブル対応は不可欠ですが、それが常態化していないかを見直す必要があります。なぜその問題が繰り返し発生するのか、という根本原因(真因)を追求し、再発防止策を講じることこそが、戦略的な活動への第一歩です。現場リーダーは、目の前の対応だけでなく、その一歩先を考える視点を持つことが求められます。
2. 経営層は「戦略的時間を」現場に与えること
経営層や工場長は、現場が目先の生産目標達成にのみ追われる状況を作ってはなりません。改善活動、5S、小集団活動、教育訓練といった活動は、短期的な生産性には直結しないかもしれませんが、長期的な競争力を培うための重要な「戦略的投資」です。これらの活動のための時間を公式に確保し、その成果を正しく評価する仕組みが不可欠です。
3. 目標の「自分ごと化」を促すこと
会社や工場が掲げる戦略的な目標(KPI)が、現場の作業者にとって遠い存在になっていないでしょうか。例えば「コスト10%削減」という目標を、「工具の管理方法を見直して、工具費を月5万円削減する」といったように、現場の具体的な行動目標にまで落とし込むことが重要です。目標設定のプロセスに現場のメンバーを参画させ、自分たちの目標であるという意識(当事者意識)を醸成することが、戦略の実行力を高めます。
日々の業務に追われる中で、一歩引いて自社の目標設定の在り方を見直すことは容易ではありません。しかし、持続的な成長と競争力の維持のためには、場当たり的な対応に終始するのではなく、明確な意図を持った戦略的な計画と実行が、これまで以上に重要になっていると言えるでしょう。


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