2024年の米国大統領選挙を控え、トランプ前大統領の通商政策を担うと目される人物が、再び「関税」を軸とした国内産業保護策を推進する姿勢を鮮明にしています。この動きは、グローバルなサプライチェーンに深く関わる日本の製造業にとって、決して他人事ではありません。本稿では、その発言の背景と、我々が備えるべき点について冷静に考察します。
トランプ政権の通商政策を担う人物の発言
先般、トランプ前大統領の政権移行チームで通商政策を担当し、次期通商代表(USTR)の有力候補と目されるジェイミーソン・グリア氏が、米国のラストベルト(さびついた工業地帯)を視察しました。その際、同氏は次期政権が発足した場合、再び関税を積極的に活用する産業政策を推進する考えを改めて強調しました。インフレなどの経済的な副作用に対する懸念を一蹴し、「計画は機能している」と述べたことは、その強い意志の表れと言えるでしょう。この発言は、単なる選挙に向けたアピールと片付けるのではなく、米国の政策が大きく転換する可能性を示すシグナルとして捉えるべきです。
再び焦点となる「関税」を軸とした産業政策
グリア氏の発言の核心は、関税を単なる貿易赤字削減の手段ではなく、国内の製造業を保護・再生させるための「産業政策」の柱と位置づけている点にあります。前トランプ政権下で発動された鉄鋼・アルミニウムへの追加関税や、大規模な対中関税を思い起こす方も多いでしょう。これらの政策は、自由貿易を前提としてきた従来の国際秩序を大きく揺るがしました。次期政権では、対象品目や国をさらに広げ、より強力な保護主義的政策が打ち出される可能性が示唆されています。我々日本の製造業としても、この動きがグローバルな競争環境やサプライチェーンの前提を根本から変えうるリスクとして認識しておく必要があります。
経済への影響に対する楽観的な見方とその背景
関税の引き上げは、輸入製品の価格上昇を通じてインフレを加速させ、相手国からの報復措置を招くなど、経済全体にマイナスの影響を及ぼすというのが一般的な経済学の考え方です。しかし、グリア氏らはこうした懸念を意に介さない姿勢を見せています。その背景には、数十年にわたるグローバル化が米国内の雇用、特に製造業の雇用を奪い、一部の地域を衰退させたという強い問題意識があります。彼らにとっては、自由貿易の原則を守ることよりも、国内の産業基盤と雇用を回復させることが最優先課題なのです。この視点は、効率性を追求しグローバルに最適調達・最適生産を構築してきた多くの日本企業とは、根本的に異なる価値観に基づいています。この価値観の違いを理解することが、今後の米国との通商関係を考える上で不可欠となります。
日本の製造業への示唆
では、こうした米国の政策転換の可能性に対し、日本の製造業はどのように備えるべきでしょうか。以下に、実務的な観点から要点を整理します。
1. シナリオプランニングの徹底
米国大統領選挙の結果いかんでは、事業環境が大きく変化する可能性があります。「高関税が広範に導入されるシナリオ」や「特定の国・品目に限定されるシナリオ」など、複数のシナリオを想定し、それぞれが自社の売上、コスト、サプライチェーンに与える影響を定量的に試算しておくことが重要です。その上で、対応策の選択肢を事前に準備しておくことが、不測の事態への迅速な対応を可能にします。
2. サプライチェーンの再評価と強靭化
改めて、自社のサプライチェーン全体を精査し、特定の国や地域への依存度を評価する必要があります。特に、中国や東南アジアで生産し米国に輸出している製品は、直接的な影響を受けるリスクがあります。調達先や生産拠点の複線化、代替ルートの確保といった、いわゆる「サプライチェーンの強靭化」は、もはやコストではなく、事業継続に不可欠な投資と考えるべき時期に来ています。
3. コスト競争力と高付加価値化の追求
関税によるコスト増は、避けることができない可能性があります。これを吸収するためには、生産現場における一層の効率化や自動化投資による生産性向上が不可欠です。同時に、価格競争に陥らないよう、技術的な優位性や品質を武器にした高付加価値な製品開発を加速させることも重要です。米国の保護主義は、結果として世界経済のブロック化を進める可能性があり、その中で勝ち残るためには、本質的な競争力が問われることになります。
4. 情報収集体制の強化
米国の政策動向や法規制の変更に関する情報を、迅速かつ正確に把握する体制の強化が求められます。業界団体や取引先、現地の情報網を活用し、政策決定のプロセスを注視し続けることが肝要です。政治の動向が直接的に事業リスクとなる時代においては、経営層から現場までが、こうした外部環境の変化に高い感度を持つことが不可欠と言えるでしょう。


コメント