欧州連合(EU)が、風力タービンや太陽光パネルといった低炭素技術の域内製造を支援する新たな規則を提案しました。米中の産業政策への対抗を念頭に置いたこの動きは、欧州市場における競争環境を大きく変える可能性があり、日本の製造業にとってもサプライチェーン戦略の見直しが求められます。
EUが打ち出す新たな産業政策の概要
欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会が、域内における低炭素技術の製造業を強化するための新たな規則案を提案したことが報じられました。これは「ネット・ゼロ産業法案(Net-Zero Industry Act)」と呼ばれるもので、風力タービン、太陽光パネル、バッテリー、ヒートポンプといった、いわゆるグリーン・トランスフォーメーション(GX)に不可欠な製品の生産能力をEU域内で高めることを目的としています。
この規則案の柱は、対象となる製造プロジェクトに対する許認可プロセスの迅速化や、公的資金の投入をしやすくすることにあります。これまで、欧州では新規の工場建設や設備投資に関して、煩雑で時間のかかる許認可手続きが事業の障壁となるケースが少なくありませんでした。今回の提案は、こうした手続きを簡素化・迅速化することで、域内への投資を促進しようという明確な意図がうかがえます。
政策の背景にある米中への対抗意識
EUがこのような政策を打ち出す背景には、米国の「インフレ抑制法(IRA)」や中国の国家主導の産業政策に対する強い危機感があります。米国のIRAは、巨額の税制優遇措置によって電気自動車(EV)や再生可能エネルギー関連の生産拠点を米国内に誘致しており、欧州からの投資流出が懸念されています。一方、太陽光パネル市場などでは、安価な中国製品が市場を席巻しており、エネルギー安全保障の観点からもEU域内の製造基盤の脆弱性が問題視されていました。
また、ロシアによるウクライナ侵攻以降、エネルギーや重要部材の特定国への依存リスクが改めて浮き彫りになりました。今回の動きは、経済安全保障の観点から、重要技術のサプライチェーンを域内で完結させようとする「戦略的自律性」を追求する流れの一環と捉えることができます。これは、単なる環境政策ではなく、地政学的リスクを踏まえたEUの新たな産業戦略と理解すべきでしょう。
欧州市場における競争条件の変化
この新規則は、EU市場で事業を展開する日本企業にとっても、決して対岸の火事ではありません。EU域内に生産拠点を持つ企業にとっては、許認可の迅速化などの恩恵を受け、事業拡大の好機となる可能性があります。一方で、日本からEUへ製品を輸出している企業にとっては、事実上の非関税障壁として機能する懸念も指摘されます。
将来的には、EU向けの製品に対して、一定割合の部品や部材をEU域内から調達することを求める「域内調達率」のような要件が導入される可能性も否定できません。また、製品のライフサイクル全体でのCO2排出量(カーボンフットプリント)が、調達の際の重要な評価基準となる流れが加速することも考えられます。これは、我々製造業の現場において、品質やコスト、納期(QCD)だけでなく、環境(E)への配慮が取引の前提条件となる時代が本格的に到来することを示唆しています。
日本の製造業への示唆
今回のEUの政策転換は、日本の製造業に以下の点について再考を促すものと考えられます。
1. サプライチェーン戦略の再評価
EU市場の地産地消への傾斜を念頭に、生産拠点の配置や部品の調達網を見直す必要があります。特に、欧州を主要市場とする自動車、電機、機械メーカーおよびそのサプライヤーは、リスク分散と機会獲得の両面から、サプライチェーンの再構築を検討すべき時期に来ています。
2. 「環境価値」の製品競争力への組込み
製品のカーボンフットプリント算定や情報開示は、もはやCSR活動の一環ではなく、事業継続に必須の要件となりつつあります。自社の生産プロセスにおけるCO2排出量を正確に把握し、削減努力を顧客にアピールできる体制を構築することが、欧州市場での競争力を左右する重要な要素となります。
3. グローバルな政策動向の注視
米、欧、中がそれぞれ自国産業の保護・育成に舵を切る中、国際的な事業環境はますます複雑化しています。各国の政策動向を迅速かつ正確に把握し、自社の経営戦略や投資計画に反映させていく情報収集能力が、これまで以上に重要になります。日本の政府が打ち出すGX関連の支援策なども含め、活用できる制度は積極的に活用していく姿勢が求められます。

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