製造業の現場では、長年の経験が技術者の価値を測る重要な指標とされてきました。しかし、単に時間を重ねることだけがスキルの証明になるのでしょうか。本稿では、「経験の質」という観点から、現代における人材育成のあり方を再考します。
経験年数という「ものさし」の再評価
日本の製造業において、「石の上にも三年」という言葉に象徴されるように、長期間にわたる実務経験を通じて一人前の技術者や技能者が育つという考え方が根付いています。OJT(On-the-Job Training)を基本とし、先輩から後輩へと暗黙知を含めたノウハウが継承されていく。このプロセスは、日本のものづくりの強さを支えてきた重要な文化であることは間違いありません。しかし、その一方で、在籍年数がスキルレベルを測る唯一の指標であるかのような風潮も存在します。
元記事は「何年やってきたかということだけが重要なのではない。その質が重要だ」と問いかけています。これは、私たち製造業に携わる者にとっても、改めて考えるべき重要な視点です。同じ5年間でも、決められた作業を漫然と繰り返すだけの日々と、常に改善提案を考え、新たな課題解決に挑戦し続けた日々とでは、得られるスキルの深さも幅も大きく異なるはずです。
短期集中教育というアプローチ
元記事の断片には、「生産管理、製品開発、品質管理… 6ヶ月、3ヶ月トレーニング」といった記述が見られます。これは、特定の専門分野について、体系化されたプログラムを用いて短期間で集中的に知識とスキルを習得させるアプローチを示唆しています。これは、従来の時間をかけたOJTとは対極にあるように見えるかもしれません。
しかし、この方法は特定の目的においては非常に有効です。例えば、DX推進のために新たなデジタルツールを導入する際や、新しい品質管理手法(例えばIATF16949など)を全社的に展開する際など、特定の形式知を迅速かつ均質なレベルで従業員に浸透させたい場合には、短期集中型の研修が大きな力を発揮します。変化のスピードが速い現代において、必要なスキルをタイムリーに獲得するための有効な手段と言えるでしょう。伝統的なOJTが現場での実践力や暗黙知の伝承に強みを持つとすれば、短期集中教育は体系的な知識の効率的な習得に優れているのです。
経験の「質」を高めるために
では、現場における「経験の質」とは具体的に何を指すのでしょうか。それは、単なる作業の反復ではなく、目的意識を持った試行錯誤の経験です。例えば、不良の原因を突き詰めるために「なぜなぜ分析」を繰り返し、真因にたどり着いた経験。あるいは、QCサークル活動を通じて、チームで知恵を出し合い、具体的な成果に結びつけた経験。さらには、自身の担当工程だけでなく、前後の工程や他部署と連携して、より大きな視点で問題を解決した経験などが挙げられます。
工場長や現場リーダーの役割は、部下に作業を割り振るだけではありません。一人ひとりの従業員が、こうした質の高い経験を積めるような「機会」を意図的に設計し、提供することが求められます。漫然と時間を過ごさせるのではなく、少し背伸びした課題を与え、失敗を許容しながらも挑戦を促す環境づくりが、個人の成長、ひいては組織全体の能力向上に不可欠です。
日本の製造業への示唆
本稿で考察した内容から、日本の製造業が今後、人材育成において考慮すべき点を以下に整理します。
要点:
- 従業員の能力を評価する際、在籍年数という単一の指標に依存するのではなく、どのような課題を乗り越え、何を学び、どのような成果を出してきたかという「経験の質」を重視する必要があります。
- 長期間のOJTによる伝統的な育成方法に加え、特定のスキルを迅速に獲得するための短期集中型研修を組み合わせる、ハイブリッドな教育体系の構築が有効です。
- 現場の管理者は、部下が質の高い経験を積めるよう、意図的に挑戦的な課題を与え、学びの機会を創出する「育成設計者」としての役割を担うことが重要です。
実務への示唆:
経営層や人事部門は、年功序列的な評価制度を見直し、個人の貢献度やスキル習得度をより正確に反映する仕組みを検討すべきでしょう。また、工場長や現場リーダーは、日々の業務の中に「学び」の要素を組み込み、部下が主体的に問題解決に取り組む文化を醸成することが求められます。経験の長さだけでなく、その「密度」と「深さ」を追求することが、これからの製造業における人材育成の鍵となるでしょう。


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