米国の複数の自治体が、大手消防車メーカー各社を相手取り、価格カルテル(談合)の疑いで相次いで訴訟を起こしています。この動きは、たとえニッチなBtoB市場であっても、独占禁止法違反のリスクが事業の根幹を揺るがしかねないことを示唆しています。本稿ではこの事例を基に、日本の製造業が改めて留意すべき点を解説します。
米国で広がる消防車メーカーへの集団訴訟
米国ウィスコンシン州ミルウォーキー市をはじめとする複数の地方自治体が、Pierce Manufacturing社やREV Group社といった米国の主要な消防車メーカーに対し、独占禁止法(反トラスト法)違反の疑いで損害賠償を求める訴訟を提起しました。原告である自治体側は、これらのメーカーが長年にわたり共謀し、消防車の入札価格を人為的につり上げていたと主張しています。同様の訴訟は他の州でも起きており、業界全体を巻き込む大きな問題へと発展する様相を呈しています。
消防車のような特殊車両は、各自治体の仕様要求に合わせて製造されることが多く、市場に参加する企業も限られます。このような寡占的な市場構造は、企業間の競争を緩め、価格協定などの違法行為の温床になりやすいという側面があります。今回の訴訟は、たとえ公共性の高い製品であっても、公正な競争環境が損なわれているのではないかという厳しい目が向けられた事例と言えるでしょう。
ニッチ市場に潜む独占禁止法違反のリスク
この一件は、決して対岸の火事ではありません。日本の製造業においても、特定の産業機械や高機能部品など、少数の企業が高いシェアを占めるニッチな市場は数多く存在します。このような市場では、競合企業の動向が把握しやすく、業界団体での会合や非公式な情報交換が、意図せずして価格や生産量に関する協調行動と見なされるリスクを孕んでいます。特に長年の取引関係や業界の慣習が、結果として競争を制限する行為につながってしまう可能性には、細心の注意が必要です。
営業部門が直接価格交渉を行う場面はもちろんのこと、開発部門の技術者が競合他社の担当者と技術交流を行う際や、経営層が業界の会合に出席する際にも、価格、生産計画、販売地域、特定の顧客に関するような「競争上センシティブな情報」の交換は厳に慎む必要があります。何気ない会話が、後に深刻な法的問題の証拠となり得るのです。
グローバル展開におけるコンプライアンス体制の重要性
グローバルに事業を展開する企業にとって、各国・地域の競争法を遵守することは、事業継続のための大前提です。独占禁止法違反が認定された場合、その制裁は極めて厳しいものとなります。具体的には、売上高に対して算定される巨額の課徴金、株主代表訴訟や取引先からの損害賠償請求、そして何よりも長年かけて築き上げてきた企業の信用の失墜につながります。場合によっては、関与した役員や従業員個人が刑事罰の対象となることさえあります。
海外子会社や現地法人におけるガバナンスの徹底も不可欠です。現地の商慣習や文化を尊重することは重要ですが、それが現地の競争法に違反する行為の言い訳にはなりません。本社として明確な行動規範を示し、定期的な研修や監査を通じて、コンプライアンス遵守の意識を組織の末端まで浸透させることが求められます。
日本の製造業への示唆
今回の米国の事例を踏まえ、日本の製造業が実務において再確認すべき要点を以下に整理します。
1. コンプライアンス・プログラムの形骸化防止
独占禁止法に関する社内規定や研修プログラムが、形だけのものになっていないか見直すことが重要です。特に、営業担当者や海外赴任者を対象に、具体的な事例を交えた実践的な研修を定期的に実施し、リスクへの感度を高める必要があります。
2. 競合他社との接触に関する明確なルールの徹底
どのような情報が「センシティブ情報」にあたるのかを具体的に定義し、いかなる場面であっても競合他社と交換してはならないことを全社的に周知徹底すべきです。万が一、不適切な働きかけを受けた際の報告・相談ルートを明確にしておくことも、リスクの早期発見につながります。
3. サプライチェーンにおける公正な競争の監視
自社が販売する側としてだけでなく、購入者側としての視点も重要です。特定の部品や原材料について、複数のサプライヤーから提示される価格に不自然な同調の動きが見られないか、入札プロセスは公正に行われているかなど、調達・購買部門は常に市場を監視する役割を担うべきです。サプライヤー間の健全な競争は、自社のコスト競争力を維持する上でも不可欠です。
4. グローバル・ガバナンス体制の強化
海外拠点の事業運営については、現地の経営陣に一定の裁量を与えつつも、コンプライアンスのような根幹に関わる事項については、本社が主導して統一的な基準を適用し、その遵守状況を監督する体制を構築することが求められます。法的なリスクは、国境を越えて親会社に波及することを常に念頭に置くべきでしょう。


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