市場需要の変動が激しくなる中、人とロボットが協働する生産システムの効率的な運用は喫緊の課題です。英国の科学誌Natureに掲載された研究は、このような複雑な環境下で複数の目標を同時に最適化する、ファジィ理論に基づいた新たなスケジューリングモデルを提案しており、日本の製造現場にも示唆を与えます。
背景:複雑化する生産計画と人とロボットの協働
今日の製造業は、顧客ニーズの多様化やグローバルな競争環境を背景に、市場需要の急な変動への迅速な対応を迫られています。こうした状況下で生産の柔軟性と効率性を両立させるため、人とロボットが同一のラインやセルで作業する「協働生産システム」への期待が高まっています。しかし、人の柔軟な判断力とロボットの高い反復精度という異なる特性を持つ両者を組み合わせた生産計画、特に日々のスケジューリングは非常に複雑な課題です。
従来の生産スケジューリングは、特定の目標(例:コスト最小化や生産時間最短化)を単独で最適化するケースが多く見られました。しかし実際の工場運営では、コスト、納期、在庫レベル、品質といった複数の目標を同時に、かつバランスを取りながら達成することが求められます。これらはしばしばトレードオフの関係にあり、最適な解を見出すことは容易ではありません。
提案手法:不確実性を考慮した多目的スケジューリングモデル
このたびNature誌で発表された研究は、まさにこの課題に取り組むものです。研究チームは、人とロボットが協働する製造システムにおいて、「生産量」「在庫レベル」「欠品」といった複数の要素を同時に最適化するための数理モデルを構築しました。このモデルの特筆すべき点は、スケジューリング手法に「ファジィ理論」を導入している点です。
ファジィ理論とは、「YesかNoか」「1か0か」といった明確な二元論ではなく、「やや大きい」「少し遅れている」といった曖昧さや不確実性を数学的に扱うための考え方です。製造現場では、作業時間のわずかなばらつき、需要予測のブレ、材料入荷の遅れなど、予測しきれない不確実な要素が常に存在します。提案されたモデルは、こうした現実世界の曖昧さを計画段階で考慮に入れることで、より現実に即した、変化に強い(ロバストな)生産スケジュールを導き出すことを目指しています。
モデルが目指すものと実務的な可能性
このモデルは、変動する市場需要に対して、どの製品をどれだけ生産し、どの程度の在庫を持つべきか、といった意思決定を支援します。単にタクトタイムを計算するだけでなく、在庫過多によるコスト増や、欠品による機会損失といった、サプライチェーン全体に関わる指標のバランスを取ろうと試みています。
現時点では学術的な研究段階ですが、このアプローチは将来的に、我々の実務にも応用できる可能性を秘めています。例えば、熟練作業者が持つ「このくらいの需要なら、少し多めに仕掛かっておこう」といった経験則や勘といった定性的な判断を、定量的なスケジューリングロジックに組み込む一助となるかもしれません。特に、需要予測が難しい多品種少量生産の現場において、より現実的で柔軟な生産計画を立案するための強力なツールとなり得るでしょう。
日本の製造業への示唆
本研究は、日本の製造業が今後さらに向き合っていくべき課題に対して、いくつかの重要な示唆を与えてくれます。
1. 不確実性を前提とした計画立案:
市場の変動が常態化する中、従来の確定的な数値に基づく生産計画だけでは対応が難しくなっています。ファジィ理論のような不確実性や曖昧さをモデルに組み込むアプローチは、変化に強い生産体制を構築する上で重要性を増していくでしょう。
2. 人とロボットの「真の協働」の追求:
ロボット導入を単なる省人化や自動化の手段と捉えるだけでなく、人とロボット双方の長所を最大限に引き出すための「最適な協働」を設計するという視点が不可欠です。本研究は、そのための具体的なスケジューリング手法の一つの方向性を示しています。
3. 多角的な視点での最適化:
生産現場のKPIは、コストや生産性だけでなく、在庫、リードタイム、顧客満足度など多岐にわたります。単一の指標を追い求めるのではなく、これらの相反する複数の目標をいかにバランスさせるかという「多目的最適化」の考え方を、経営層から現場リーダーまでが共有することが求められます。
4. DXにおけるデータと経験の融合:
デジタル技術の導入は、単にデータを集めるだけでは不十分です。本研究のように、現場で培われた暗黙知や経験則といった定性的な情報を、データ駆動型の計画モデルにどう組み込んでいくか。これが、日本の製造業の強みを活かしたDX推進の鍵となるかもしれません。


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