英国政府が公表したレポートは、製造業の価値がもはや工場での生産活動だけではなく、その前後のサービス活動を含めたより広い範囲で生まれていることを示しています。この分析は、日本の製造業が自らの事業構造と価値の源泉を再評価する上で、重要な示唆を与えてくれます。
はじめに:英国政府が製造業を再評価
英国政府は「英国製造業の価値と構造の変化」と題する調査レポートを公表しました。このレポートは、従来の統計では捉えきれない製造業の真の経済的貢献を明らかにしようとする試みであり、その内容は日本の製造業関係者にとっても示唆に富むものです。経済のサービス化が進む中で、製造業の役割が過小評価されがちですが、本レポートは、製造業が依然として経済の中核であり、その価値の源泉が変化していることを論理的に示しています。
「製造」の範囲はどこまでか?統計が映さない実態
レポートが指摘する最も重要な点の一つは、現代の製造業の価値が、工場での物理的な生産活動(Fabrication)だけでなく、その前工程である研究開発(R&D)や設計、後工程である販売、保守、ソリューション提供といったサービス活動に大きく依存しているという事実です。しかし、従来の産業分類では、メーカーから分社化した設計会社や保守サービス会社は「サービス業」に分類されてしまいます。その結果、製造業が生み出す本来の付加価値や雇用が、統計上は見えにくくなっているのです。
これは日本の現場感覚とも一致するのではないでしょうか。例えば、製品に組み込まれるソフトウェアの開発部門や、納入後の顧客サポートやメンテナンスを担う部門は、収益の柱でありながらも、社内では非製造部門として扱われることがあります。自社の事業の実態を、統計上の分類に囚われず、バリューチェーン全体で捉え直す視点が求められます。
付加価値はどこから生まれるか:スマイルカーブの深化
付加価値の源泉が、バリューチェーンの両端、すなわち「企画・開発」と「販売・サービス」にシフトし、中間の「製造」部分の付加価値が相対的に低下する「スマイルカーブ」という概念は、かねてより知られています。本レポートは、この傾向がさらに顕著になっていることをデータで裏付けています。製品のコモディティ化が進む中で、生産工程の効率化、いわゆる「カイゼン」活動だけで競争優位を維持することは、ますます困難になっています。
もちろん、高品質な製品を効率的に生み出す生産現場の力は、日本の製造業の根幹であり、その重要性は変わりません。しかし、これからは設計思想や独自技術といった「上流」の価値と、顧客の課題を解決するソリューションやアフターサービスといった「下流」の価値をいかに高め、それらを製造現場の力と有機的に結びつけるかが、企業全体の収益性を左右する鍵となります。
サプライチェーン全体で捉える製造業の役割
レポートでは、製造業が他の産業、特にサービス業との連携を深め、広範なサプライチェーンを形成することで、経済全体に大きな波及効果をもたらしている点も強調されています。一つの製造業の工場は、原材料や部品のサプライヤー、物流業者、設備メーカー、さらにはコンサルティングや金融といった多くのサービス産業に支えられています。この相互依存関係を理解することは、自社の事業リスクを評価し、強靭な供給網(サプライチェーン・レジリエンス)を構築する上で不可欠です。
近年の地政学リスクの高まりやパンデミックの経験は、効率性一辺倒だったグローバルサプライチェーンの脆弱性を浮き彫りにしました。今後は、コストや効率だけでなく、安定供給やリスク分散といった視点から、国内のサプライヤーとの連携強化や、供給網の複線化を戦略的に進める必要性が高まっています。
デジタル化とサステナビリティという新たな潮流
最後に、レポートはデジタルトランスフォーメーション(DX)やサステナビリティ(特に脱炭素化)といったメガトレンドが、製造業の構造を根本から変えつつあると指摘しています。IoTやAIを活用したスマートファクトリーは生産性を飛躍的に向上させる可能性を秘めています。また、製品のライフサイクル全体での環境負荷を低減する取り組みは、新たな規制への対応という側面だけでなく、企業のブランド価値を高め、新たな顧客層を獲得する機会にもなり得ます。
これらの潮流は、単なるコスト増の要因ではなく、新しい付加価値を生み出す源泉です。例えば、製品の使用状況をセンサーで監視し、予知保全サービスを提供するビジネスモデルや、リサイクルしやすい製品設計などは、まさに「モノ」と「コト」を融合させた新しい製造業の姿と言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
この英国政府のレポートは、日本の製造業が今後進むべき方向を考える上で、以下の実務的な示唆を与えてくれます。
1. 事業領域の再定義:
自社を単なる「モノを作る会社」ではなく、顧客に価値を提供する「ソリューションプロバイダー」として再定義することが重要です。自社の強みが、バリューチェーンのどの部分(設計、製造、販売、サービス)にあり、どこを強化すべきかを明確にする必要があります。
2. 価値創造プロセスの見直し:
付加価値の源泉がどこにあるのかを客観的に分析し、経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)の配分を最適化することが求められます。特に、研究開発、ソフトウェア、ブランドといった無形資産への投資の重要性はますます高まっています。
3. サプライチェーン戦略の転換:
効率性だけでなく、レジリエンス(強靭性)を重視したサプライチェーンの再構築が急務です。国内の協力企業との連携を深め、技術の継承や人材育成も含めたエコシステム全体で競争力を高める視点が不可欠です。
4. DXとGXへの戦略的投資:
デジタル技術や環境技術への投資を、コストではなく未来への戦略的投資と位置づけるべきです。これらの技術を活用して、新たなビジネスモデルを構築し、持続的な成長を目指すことが、これからの製造業経営の要諦となるでしょう。


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