米国の新関税案が半導体サプライチェーンに与える影響 ― 国内製造のジレンマ

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米国で議論されている新たな関税政策が、国策として進む半導体産業の国内回帰の動きに、予期せぬ影響を及ぼす可能性が指摘されています。製造装置や部材の輸入コスト増が、米国内に新設される工場の競争力をかえって損なうというこのジレンマは、グローバルな供給網に関わる日本の製造業にとっても重要な示唆を含んでいます。

米国の通商政策と国内製造業強化のねじれ

現在、米国では次期政権の経済政策として、輸入品全般に一律10%、中国からの輸入品には60%以上という高い関税を課す案が議論されています。これは、国内産業を保護し、製造拠点を米国内へ回帰させる「オンショアリング」を強力に推進することを目的としたものです。しかしこの政策が、同じく国内製造業の強化を目的としたCHIPS法(半導体補助金)の効果と、相反する結果を招きかねないという懸念が専門家の間で広がっています。

半導体国内生産の現場が直面する課題

CHIPS法による多額の補助金を受け、IntelやMicronといった米国企業、さらにはTSMCやSamsungなどの海外企業も、米国本土に最先端の半導体工場を建設しています。しかし、その生産活動は、極めてグローバルなサプライチェーンの上に成り立っています。特に、最先端の半導体製造に不可欠な露光装置や検査装置、特殊な化学材料や部材の多くは、欧州や日本など海外からの輸入に頼らざるを得ないのが実情です。例えば、オランダASML社が独占的に供給するEUV露光装置は、その代表格と言えるでしょう。

もし、こうした代替の効かない重要な生産財に対しても一律に関税が課されることになれば、米国内で工場を建設・運営する企業の設備投資コストや日々の操業コストは大幅に増加します。結果として、米国内で製造される半導体のコスト競争力が低下するという、皮肉な事態に陥る可能性があります。

意図せざる競争環境の変化

米国内での製造コストが上昇すれば、Intelのような米国企業は、台湾や韓国など国外の拠点で生産を続けるTSMCなどの競合他社に対して、コスト面で不利な立場に置かれることになります。これは、巨額の補助金を投じて米国の半導体技術の優位性と経済安全保障を確立しようという、CHIPS法の本来の目的とは逆行する結果を招きかねません。

この状況は、日本の製造業、特に半導体製造装置や材料メーカーにとっても複雑な影響を及ぼします。関税が課されれば、米国市場向けの製品価格が上昇し、価格競争力が低下する直接的なリスクがあります。一方で、サプライチェーン全体のコスト構造が大きく変動する中で、新たなビジネス機会が生まれる可能性もゼロではありません。しかし、基本的にはサプライチェーン全体の非効率化とコスト増につながり、最終的には製品価格への転嫁を通じて多くの産業に影響が及ぶと考えるのが自然です。

高まる政策の不確実性というリスク

過去の政権でも、特定の製品や企業に対して関税の免除措置が適用された例はありました。しかし、今後の政策で同様の措置が取られるかは不透明です。こうした政策の不確実性そのものが、企業にとっては長期的な視点での設備投資計画を立てる上での大きなリスクとなります。地政学的な緊張に加え、主要国の通商政策の振れ幅が、グローバルなサプライチェーンを計画・運営する上での新たな重要変数となっているのです。

日本の製造業への示唆

今回の米国の政策議論は、日本の製造業関係者にとっても重要な教訓を含んでいます。

1. 通商政策リスクの再認識
補助金のような産業振興策と、関税のような通商政策は、必ずしも一貫した方向を向くとは限りません。主要国の政策動向を常に注視し、その変化が自社の事業に与える影響を多角的に分析し、サプライチェーン戦略に織り込む必要があります。

2. グローバル生産拠点のコスト構造の精査
自社の海外生産拠点が、現地の政策転換によってどのような影響を受けるか、改めてコスト構造を精査することが求められます。特に、重要設備や部材の輸入依存度が高い拠点は、関税によるコスト増のリスクを具体的に見積もっておくべきでしょう。

3. サプライチェーンの柔軟性の確保
特定の国や地域への過度な依存がもたらすリスクが、改めて浮き彫りになりました。調達先や生産拠点の多様化を検討し、外部環境の変化に迅速に対応できる柔軟な供給網を構築していくことの重要性が増しています。

4. 技術的優位性の追求
日本の装置・材料メーカーにとって、他国では代替できない独自の技術力や品質は、こうした政策リスクを乗り越える上での最大の強みとなります。外部環境が不確実であるからこそ、自社の競争力の源泉である技術開発への投資を継続し、その優位性を維持・強化していくことが、これまで以上に重要になると言えるでしょう。

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