米国の製薬大手アッヴィが、約3億8000万ドル(約590億円)を投じて医薬品原薬(API)の新工場を国内に建設することを発表しました。この動きは、自社の成長戦略を支えるとともに、近年の潮流であるサプライチェーンの強靭化を意識した戦略的な投資とみられます。
アッヴィによる大規模投資の概要
米国の製薬大手であるアッヴィは、イリノイ州ノースシカゴの既存拠点内に、3億8000万ドルを投じて2棟の新しい医薬品原薬(API)製造施設を建設する計画を明らかにしました。この新施設は、同社の成長著しい製品ポートフォリオを支えることを目的としており、特にがん領域や免疫領域における新薬候補の製造を担うことになります。計画では、2026年末までの稼働開始を目指しているとのことです。
同社は2013年以来、世界中の製造拠点に対して数十億ドル規模の投資を継続的に行っており、今回の投資もその一環です。最近ではシンガポールやアイルランドの製造拠点の拡張も発表しており、グローバルな生産能力の増強に積極的に取り組んでいることがうかがえます。
医薬品サプライチェーンにおける原薬(API)の重要性
ここで言うAPI(Active Pharmaceutical Ingredient)とは、医薬品の有効成分そのものを指す「原薬」のことです。最終的な錠剤や注射剤といった「製剤」の品質と安定供給は、この原薬の品質と供給体制に大きく依存します。つまり、APIの製造は医薬品サプライチェーンの最も川上に位置する、極めて重要な工程と言えます。
日本の製造業においても、最終製品の性能や品質を決定づける基幹部品や重要素材の製造に相当すると考えれば、その戦略的な重要性をご理解いただけるでしょう。これらの川上工程をどこに置き、いかに安定的に管理するかは、事業継続計画(BCP)の観点からも経営の根幹をなす課題です。
国内生産とグローバル戦略のバランス
今回の投資で特に注目すべきは、その場所が米国内であるという点です。これは、近年の地政学リスクの高まりやパンデミックの経験を踏まえ、重要な製品のサプライチェーンを自国内に確保しようとする「リショアリング(国内回帰)」の流れを汲んだ動きと解釈できます。
しかし、アッヴィは同時にシンガポールやアイルランドといった海外拠点への投資も継続しています。これは、単に全ての生産を国内に戻すのではなく、リスク分散、コスト競争力、技術集積、人材確保といった複数の要素を考慮し、グローバルな視点で生産ネットワーク全体の最適化を図っていることを示唆しています。特定の国や地域への過度な依存を避けつつ、それぞれの拠点の強みを活かすという、冷静な戦略が見て取れます。
日本の製造業への示唆
今回の事例は、医薬品業界に限らず、日本の製造業全体にとって重要な示唆を含んでいます。
1. サプライチェーンの強靭化と国内生産拠点の再評価
経済安全保障の観点から、重要部材や基幹部品の国内生産能力を維持・強化することの重要性が増しています。海外生産のメリットを享受しつつも、国内にも代替生産が可能な拠点を確保しておく、あるいは主要なサプライヤーを国内に複数持つといった、サプライチェーンの複線化や強靭化に向けた具体的な検討が不可欠です。
2. 成長戦略と連動した設備投資
アッヴィの投資は、がんや免疫といった将来の成長分野の新薬パイプラインを支えるという明確な目的を持っています。自社の事業ポートフォリオや技術開発の方向性を見極め、将来の需要増に的確に対応するための生産能力への先行投資は、持続的な成長のために極めて重要です。
3. グローバル生産ネットワークの最適化
国内回帰一辺倒ではなく、アッヴィのようにグローバルな視点での最適地生産を追求する姿勢もまた重要です。コスト、品質、リードタイム、そして地政学リスクといった多面的な評価軸に基づき、自社の生産ネットワーク全体を常に見直し、最適化していく継続的な取り組みが求められます。


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