インドのアンダマン諸島で行われた農家向けの飼料栽培研修。この一見、日本の製造業とは縁遠い取り組みの中に、我々が改めて向き合うべき人材育成と生産性向上の原理原則を見出すことができます。本稿では、このニュースから現場の技能伝承と標準化の重要性を考察します。
遠い国の農業ニュースが示唆するもの
先日、インドのアンダマン・ニコバル諸島にて、現地の畜産・獣医サービス局と農業技術管理庁が共同で、農家向けの飼料栽培・管理に関する研修会を開催したというニュースがありました。この研修には20名の農家が参加し、科学的な飼料生産技術について学んだと報じられています。これは、現地の畜産業の基盤を強化するための、地道ながらも重要な取り組みと言えるでしょう。
この記事を読み、多くの日本の製造業関係者は「自社には直接関係のない話だ」と感じるかもしれません。しかし、その構造を分解してみると、私たちが日々直面している課題と通底する、普遍的なテーマが浮かび上がってきます。それは、「個人の経験や勘」から「科学的根拠に基づく標準化された技術」へと転換し、それを組織的に伝承していくことの重要性です。
製造業の視点からの考察
今回のインドでの取り組みは、製造業における「技能伝承」や「品質管理」のアナロジーとして捉えることができます。具体的には、以下の3つの観点から考察できます。
1. 暗黙知から形式知へ:科学的アプローチの導入
記事にある「科学的な技術(scientific techniques)」の研修は、これまで各農家が経験や勘に頼っていた作業を、データや理論に基づいた標準的な手法に置き換えることを目指すものです。これは、製造現場における熟練技能者の「暗黙知」を、誰もが理解・実践できる「形式知」へと変換し、作業標準書に落とし込むプロセスと全く同じです。なぜその作業手順なのか、なぜその管理値なのか、という根拠を明確にすることで、品質の安定と生産性の向上、そして新人教育の効率化が実現します。
2. OJTを補完する体系的な教育の場
20名の農家を集めて集合研修を行ったという点も示唆に富んでいます。日々の業務を通じたOJT(On-the-Job Training)は実践的で重要ですが、それだけでは断片的な知識の習得に留まりがちです。今回のように、業務から一度離れ、体系的に知識や技術を学ぶOff-JT(Off-the-Job Training)の機会を設けることは、技術レベルの底上げと、参加者間の知見の共有に極めて有効です。これは、製造現場における多能工化の推進や、品質管理(QC)教育などにも通じる考え方です。
3. サプライチェーンの起点強化という視点
飼料は、畜産業にとって最も重要な「原材料」です。その品質と供給の安定なくして、良質な最終製品(食肉や乳製品)は生まれません。つまり、この研修はサプライチェーンの最上流を強化する活動と見なせます。これを日本の製造業に置き換えれば、自社の工程改善だけでなく、原材料や部品を供給してくれるサプライヤーの技術力や品質管理レベルの向上に協力することの重要性を示しています。サプライチェーン全体で価値を創造するという視点は、グローバルな競争において不可欠です。
日本の製造業への示唆
このインドでの小さな取り組みから、私たちは以下の実務的な示唆を得ることができます。
- 技能伝承の仕組みを再点検する:ベテランの退職が進む中、個人の頭の中にある優れた技能やノウハウを、映像や文書、数値データといった「形式知」に変換し、組織の資産として蓄積・共有する仕組みが機能しているか、改めて確認することが重要です。
- 教育体系を見直す:日々のOJTに加えて、階層別・職能別に体系的な教育プログラムを計画的に実施し、従業員の知識と技術の底上げを図るべきです。特に若手や中堅社員に対し、原理原則から学ぶ機会を提供することは、将来の改善活動の土台となります。
- サプライヤーとの連携を深める:自社の品質や生産性だけでなく、サプライヤーの工程にも目を向け、共同で改善活動に取り組む視点が求められます。品質監査や技術指導などを通じて、サプライチェーン全体の競争力を高める発想が不可欠です。
海外の異なる業種における地道な改善活動は、ともすれば日々の業務に追われがちな私たちに、事業運営の普遍的な原理原則を再認識させてくれます。自社の足元を見つめ直し、人材育成と技術標準化という基本に立ち返る良い機会と捉えることができるのではないでしょうか。


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