アディティブ・マニュファクチャリング(AM)市場が242億ドル規模に達し、新たな「成熟期」に入ったと報じられています。これは単なる技術的な流行が終わり、AMが試作の道具から、最終製品を製造するための実用的な生産技術へと移行しつつあることを意味します。本記事では、この変化が日本の製造業にとって何を意味するのかを解説します。
AM市場の現状:成熟期への移行
海外の技術コンサルティング会社の報告によると、アディティブ・マニュファクチャリング(AM、いわゆる3Dプリンティング)関連の製品・サービス市場は、242億ドル(約3.8兆円)規模に達し、業界全体が「成熟期」に入ったと分析されています。ここで言う「成熟期」とは、技術の成長が止まったという意味ではありません。むしろ、目新しさだけが注目された黎明期を過ぎ、技術の信頼性や再現性が向上し、産業界で実用的な生産手段として定着し始めた段階と捉えるべきでしょう。かつてはラピッドプロトタイピング(高速試作)の代名詞であったAMが、今や最終製品の製造における有力な選択肢の一つとして認識されつつあります。
試作品から最終製品・治工具の生産へ
AM技術の登場当初、その主な用途は設計開発段階での試作品製作でした。しかし、技術の進歩に伴い、特に航空宇宙、医療、自動車といった分野で、最終製品や機能部品の生産にAMが採用される事例が着実に増えています。例えば、航空宇宙分野では軽量かつ高強度な部品の製造に、医療分野では患者ごとのカスタムメイドのインプラントや手術用具の製作に活用されています。日本の製造現場においても、こうした最先端の用途だけでなく、生産ラインで用いる治工具や、保守用部品(サービスパーツ)の内製化といった、より身近な形での活用が広がっています。これにより、治工具の外注コスト削減やリードタイム短縮、あるいは製造中止となった古い設備の補修部品の調達といった、現場が直面する課題解決に直接的に貢献しています。
技術的成熟を支える要素
AMが成熟期に入った背景には、いくつかの技術的な進展があります。第一に、装置の性能向上による品質と再現性の安定です。特に金属AMにおいては、積層プロセスの精密な制御が可能になり、材料特性のばらつきが抑えられ、量産部品として求められる品質水準に達するケースが増えてきました。第二に、利用可能な材料の多様化です。従来の樹脂材料に加え、チタン合金、アルミニウム合金、高機能プラスチック(PEEKなど)といった、最終製品に求められる強度や耐熱性を備えた材料が充実してきました。さらに、航空宇宙産業などで採用が進むにつれて、品質保証に関する業界標準や認証プロセスの整備が進んでいることも、技術への信頼性を高める上で大きな役割を果たしています。
業界構造の変化と今後の課題
市場の成熟化に伴い、業界構造も変化しています。大手化学メーカーや機械メーカーによるAM関連企業のM&Aが活発化し、業界再編が進んでいます。これは、AMが単独の技術ではなく、材料開発から後処理、品質管理までを含めた製造プロセス全体の一部として組み込まれつつあることの表れです。一方で、実用化に向けた課題も依然として残ります。材料コストや装置価格は依然として高価であり、造形後の後処理(サポート材の除去、表面処理、熱処理など)にも多くの工数を要します。そして最も重要な課題は、AMの能力を最大限に引き出すための設計思想(DfAM: Design for Additive Manufacturing)を理解した技術者の育成です。従来の切削加工や射出成形とは全く異なる設計アプローチが求められるため、人材育成は多くの企業にとって喫緊の課題と言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
AM市場が成熟期に入ったという事実は、日本の製造業にとって重要な意味を持ちます。以下に、実務的な視点からの示唆を整理します。
1. 「特別な技術」から「生産手段の一つの選択肢」へ
AMを「試作のためだけの特殊な機械」と捉えるのではなく、切削、鋳造、プレスなどと並ぶ「生産手段の一つの選択肢」として、自社の製造プロセスにどう組み込めるかを具体的に検討する時期に来ています。特に、少量多品種生産、カスタマイズ品の製造、複雑形状部品の一体化といった領域で、コストやリードタイム、製品付加価値の観点から既存製法との比較検討を行う価値は高いでしょう。
2. スモールスタートによる経験の蓄積
最終製品への適用にはまだハードルが高いと感じる場合でも、生産現場で用いる治工具や検査具、あるいは補修部品の内製化から始めることは有効なアプローチです。現場の課題を解決しながら、材料の特性や設計の勘所といったノウハウを社内に蓄積することができます。こうした地道な取り組みが、将来の本格的な活用に向けた礎となります。
3. 設計思想の転換と人材育成
AMの真価は、既存の部品をそのまま3Dプリンタで置き換えることではなく、AMでしか実現できない形状(ラティス構造やトポロジー最適化など)を設計に盛り込むことで発揮されます。これは、設計部門と生産技術部門の密な連携、そして何よりも設計者自身のスキルセットの更新を必要とします。DfAMに関する教育・研修への投資は、将来の競争力を左右する重要な要素となるでしょう。
4. サプライチェーンの再構築
必要な部品を、必要な時に、必要な場所で製造できる「オンデマンド生産」は、AMがもたらす大きな可能性の一つです。これにより、部品在庫の削減や、サプライチェーンの寸断リスクへの備え(BCP対策)が可能になります。自社のサプライチェーンにおいて、AMがどのような役割を果たしうるか、長期的な視点で検討することが望まれます。


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