米国のインフレ抑制法(IRA)に代表されるように、世界各国で自国産業を保護・育成する動きが加速しています。このような政策の核となる「ローカルコンテンツ要件」が、日本の製造業のサプライチェーンと生産拠点戦略にどのような影響を与えるのか、実務的な視点から解説します。
世界で広がる自国産業の育成政策
昨今、クリーンテック(環境関連技術)分野を中心に、政府が補助金や税制優遇を通じて自国での生産を促す産業政策が世界的な潮流となっています。元記事で触れられている「産業加速法(IAA)」のような構想もその一つです。これらの政策の多くは、「ローカルコンテンツ要件」と呼ばれる条項を設けている点が特徴です。これは、政府からの支援を受ける条件として、製品の最終組み立てを国内で行うことや、使用する部品・原材料の一定割合を国内または特定の地域から調達することを求めるものです。この動きは、製造業における従来のグローバルなサプライチェーンのあり方に、大きな見直しを迫るものと言えるでしょう。
「ローカルコンテンツ要件」が現場にもたらす変化
製造業の実務に携わる我々にとって、「ローカルコンテンツ要件」は調達戦略や生産計画の根幹に関わる重要なテーマです。これまでコストや品質、納期を最優先に構築してきたグローバルな部品調達網を、政策的な要請に応じて再構築する必要に迫られる可能性があります。具体的には、海外の特定サプライヤーからの調達が見直され、新たに国内や指定地域内のサプライヤーを探し、品質や供給能力を評価し、取引関係を構築するといった、地道で時間のかかる作業が求められます。これは単なる調達先の変更に留まらず、設計変更や品質保証プロセスの見直しにもつながる、影響範囲の広い課題です。
日本の製造業への機会と課題
この世界的な政策の潮流は、日本の製造業にとって二つの側面を持っています。一つは、国内生産への回帰という「機会」です。もし日本でも同様の政策が導入されれば、国内での設備投資が促進され、国内の部品・素材メーカーにとっては大きな受注増につながる可能性があります。これまで海外生産に依存してきた企業が国内に生産拠点を戻す、いわゆる「リショアリング」の動きが加速し、国内の製造基盤が再強化されることも期待されます。
その一方で、これは海外で事業を展開する企業にとっては大きな「課題」となります。例えば、米国市場で製品を販売する場合、現地のローカルコンテンツ要件を満たすために、サプライチェーンを現地で再構築する必要に迫られます。これは、現地でのサプライヤー開拓や生産拠点の新設など、多大なコストと時間を要する投資を意味します。また、調達先が特定の国や地域に限定されることは、サプライチェーンの柔軟性を損ない、コスト増や地政学的なリスクへの脆弱性を高める可能性も内包しています。効率性と安定供給、そして政策遵守という、複雑な方程式を解くことが求められるのです。
日本の製造業への示唆
この大きな環境変化に対し、日本の製造業が取り組むべき要点と実務への示唆を以下に整理します。
1. グローバルな政策動向の注視と情報収集: 各国・地域の産業政策や法規制の動向を、他人事と捉えず、自社の事業戦略に関わる重要情報として常時把握する体制が不可欠です。特に、主要な販売先や生産拠点がある国の政策変更は、迅速な対応が求められます。
2. サプライチェーンの再評価と複線化: 従来のコスト効率一辺倒のサプライチェーンから、経済安全保障や地政学リスクを織り込んだ、より強靭なサプライチェーンへと転換すべき時期に来ています。特定国への過度な依存を見直し、調達先の多様化や国内生産の活用を含めた「サプライチェーンの複線化」を具体的に検討することが重要です。
3. 生産拠点の最適配置の再検討: 「どこで作り、どこに供給するか」という生産戦略の抜本的な見直しが求められます。各国の政策インセンティブを最大限活用できる立地戦略や、消費地に近い場所で生産する「地産地消」モデルへの転換も、有効な選択肢となり得ます。
4. 国内生産基盤の技術力強化: 国内回帰の流れを好機と捉え、生産性向上に向けた自動化やDXへの投資を加速させることが、長期的な競争力に繋がります。高品質な「メイドインジャパン」の価値を維持・向上させ、いかなる変化にも柔軟に対応できる強靭な国内工場を構築することが、企業の持続可能性を高めるでしょう。


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