ノーベル経済学賞受賞者であるジョセフ・スティグリッツ氏は、米国経済における最大の脅威の一つとして、製造業におけるブルーカラーの雇用喪失を挙げています。しかし、その主な原因は貿易ではなく、国内の生産性向上にあると指摘しており、この議論は日本の製造業にとっても重要な示唆を含んでいます。
製造業の雇用減少、真の原因は「生産性向上」
米国の著名な経済学者であるジョセフ・スティグリッツ氏は、製造業における雇用減少の問題について、保護主義的な政策では解決できないとの見解を示しました。トランプ前大統領が推し進めた関税による国内雇用の回帰策は、期待された成果を上げていないと分析しています。
スティグリッツ氏が指摘する雇用の減少の真の原因は、国外との競争や貿易ではなく、国内における「生産性の向上」です。つまり、自動化技術の導入や製造プロセスの革新により、かつてよりも少ない人員で多くの製品を生産できるようになったことが、結果として雇用を減少させているという構図です。これは経済学で言うところの「創造的破壊」の一環であり、避けることのできない構造的な変化であるとされています。
この指摘は、日本の製造現場の実感とも重なる部分が多いのではないでしょうか。我々が日々取り組んでいる省人化や自動化、スマートファクトリー化といった改善活動は、企業の競争力を維持・向上させるために不可欠ですが、同時に、従来の働き方や雇用のあり方を変える大きな要因となっているのです。
保護主義から「産業政策」への転換
では、この構造変化にどう向き合うべきなのでしょうか。スティグリッツ氏は、関税のような保護主義的な政策ではなく、より積極的な「産業政策(Industrial Policies)」と、変化の過程で影響を受ける労働者を支える「セーフティネット」の強化が重要だと主張しています。
ここで言う産業政策とは、国が特定の産業分野を戦略的に育成・支援する取り組みを指します。具体例として、米国の「CHIPS法(半導体法)」や、クリーンエネルギー分野への投資を促す「インフレ抑制法」などが挙げられます。これらの政策は、特定の製品を保護するのではなく、未来の成長が見込まれる新しい産業を創出し、そこに新たな雇用を生み出すことを目的としています。
過去の貿易自由化の際に導入された「貿易調整支援(Trade Adjustment Assistance)」のような失業者支援策だけでは不十分であったという反省も、この主張の背景にあります。変化に適応するための再教育やスキルアップ支援を含めた、より包括的で未来志向の取り組みが求められているのです。
日本の製造業への示唆
米国での議論は、そのまま日本の製造業が直面する課題にも通じます。生産年齢人口が減少する中で、生産性向上は避けて通れない道です。しかし、その過程で生じる雇用の問題をどう乗り越えるかは、個々の企業の持続的な成長を左右する重要な経営課題と言えるでしょう。
要点
- 製造業における雇用減少の主な要因は、国際貿易よりも技術革新や自動化による国内の生産性向上である。
- 関税などの保護主義的な政策は、この構造的な問題に対する根本的な解決策にはなり得ない。
- 求められるのは、半導体やグリーンエネルギーのような未来の産業を育成する「産業政策」と、労働者が変化に適応するための再教育やセーフティネットの強化である。
実務への示唆
- 経営層・工場管理者の方へ: 省人化・自動化への投資は、単なるコスト削減策として捉えるべきではありません。それによって生まれる余剰人員を、より付加価値の高い業務(設備の予防保全、データ分析による品質改善、新規技術開発など)へ移行させるための、長期的な人材育成計画とセットで考える必要があります。従業員のリスキリング(学び直し)を積極的に支援する体制を構築することが、企業の競争力を将来にわたって維持する鍵となります。
- 技術者・現場リーダーの方へ: これまで培ってきた現場の知見や技能は、今後も重要であり続けます。しかし、それに加えて、IoTやAI、データ分析といった新しい技術を学び、自らの業務に応用していく姿勢が不可欠です。変化を脅威と捉えるのではなく、自身の専門性を高め、より高度な課題解決に貢献できる機会と捉えることが、自らの市場価値を高めることにも繋がります。


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