本稿では、直接的には製造業と関連のない米国の芸術学校に関する記事を取り上げます。しかし、その中で言及されている「制作・管理・設計」というキーワードを起点に、日本の製造業における人材育成や組織運営のあり方について考察します。
元記事の概要:芸術分野における複合的な専門教育
今回参照した記事は、米国カリフォルニア州にあるコロナド芸術学校(Coronado School of the Arts, CoSA)の30周年を記念する式典に関するニュースです。この記事自体は製造業とは直接的な関係はありません。しかし、その中で同校が提供する教育分野として「Production, Management, and Design(制作、管理、設計)」が挙げられている点は、我々製造業に携わる者にとっても示唆に富むものと考えられます。
芸術やエンターテインメントの世界においても、一つの作品を世に送り出すためには、創造的な「設計(デザイン)」、具現化する「制作(プロダクション)」、そしてプロジェクト全体を円滑に進める「管理(マネジメント)」という三つの機能が不可欠であることがわかります。これは、製品の「設計開発」「生産」「生産管理」という、製造業の根幹をなす機能と極めて類似した構造です。
製造業における機能分化と「部門の壁」
日本の製造業は、長らく専門分化した組織構造によって高い生産性と品質を実現してきました。設計部門はより良い製品仕様を追求し、生産技術部門は効率的な生産ラインを構築し、製造部門は日々の安定生産を担い、品質管理部門は製品の信頼性を担保する。それぞれの部門が自らの専門性を深く追求することが、全体の強さに繋がっていました。
しかし一方で、こうした専門分化は、時に「部門の壁」と呼ばれるコミュニケーションの断絶や、部分最適の追求といった課題を生み出すことも少なくありません。例えば、生産現場の実情を考慮しない設計(いわゆる「作りづらい図面」)が生まれてしまったり、設計変更の意図が製造現場に十分に伝わらず、品質問題の原因となったりするケースは、多くの工場で経験されてきたことではないでしょうか。
専門性の深化と「越境」による視野の獲得
芸術学校の事例に戻ると、デザインを学ぶ学生が、制作の現場やプロジェクト管理の手法を理解することは、自らのデザインをより実現可能で、かつ効果的なものにする上で極めて重要です。逆もまた然りで、制作を担当する者がデザインの意図を深く理解していれば、より質の高いアウトプットが期待できます。
これを製造業に置き換えて考えるならば、自らの専門性を深化させると同時に、関連する他部門の業務や知識を理解し、尊重する「越境」的な視点を持つ人材の育成が、今後の重要な鍵となります。設計担当者が生産ラインの制約や品質管理の勘所を学ぶこと、製造現場のリーダーが設計思想や原価管理の仕組みを理解することは、部門間の連携を円滑にし、開発リードタイムの短縮や手戻りの削減、ひいては全社的な生産性向上に直結します。
これは、単に「仲良くする」という精神論ではなく、他部門の言語や思考プロセスを理解することで、より建設的で合理的な意思決定を可能にするための、実務的な取り組みと言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回の記事から、日本の製造業が実務に活かすべき示唆を以下に整理します。
1. 人材育成における「T型人材」の再認識
深い専門知識(I型)に加え、関連する幅広い分野の知見を持つ「T型人材」の育成が、これまで以上に重要になります。特に、設計、生産技術、製造、品質管理といったコア機能間での相互理解を深めるための教育プログラムや研修の設計が求められます。
2. 「広義の多能工」の育成
製造現場における多能工化は、一人の作業者が複数の工程や設備を担当できることを指すのが一般的でした。今後はこれに加え、例えば品質保証の視点を持って日常の生産にあたる、あるいは保全の知識を持って設備を操作するといった、専門領域を少しだけ「越境」するような、広義の多能工を育成する視点も有効でしょう。
3. 組織的な「越境」の仕組み作り
個人の学習意欲に頼るだけでなく、組織として部門間の垣根を越える仕組みを導入することが不可欠です。具体的には、設計部門と製造部門間での定期的な人事ローテーション、新製品の立ち上げ時に設計者や品質管理担当者が一定期間、製造現場に常駐する制度、部門横断での改善プロジェクトチームの組成などが考えられます。
全く異なる分野の事例であっても、その構造を抽象化して捉えることで、自社の課題を客観的に見つめ直すきっかけが得られます。自社の強みである専門性をさらに磨きつつ、いかにして組織全体の力を引き出していくか。そのヒントは、意外なところにも隠されているのかもしれません。


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