海外の政情不安が示す地政学リスクと、日本の製造業が備えるべきこと

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遠い海外での出来事として報じられる政治的なデモや社会の不安定化は、我々日本の製造業にとって決して無関係ではありません。本稿では、イラン情勢に関する報道を基に、サプライチェーンや事業運営に潜む地政学リスクを再点検し、今そこにある課題への備えについて考察します。

遠い国の政情不安を「対岸の火事」としない視点

先日、米国ボストンでイランの体制変革を求める大規模なデモが行われたとの報道がありました。これは、イラン国内の社会情勢が不安定化していることの一つの表れと見ることができます。日々の生産活動に追われる中で、こうした海外のニュースは遠い国の出来事と感じられるかもしれません。しかし、グローバルに繋がった現代のサプライチェーンにおいて、特定の地域の不安定化は、巡り巡って我々の工場運営や調達活動に予期せぬ影響を及ぼす可能性があります。

地政学リスクが製造業に与える具体的な影響

地政学リスクが製造業に与える影響は、主に「サプライチェーンの寸断」と「エネルギー・原材料コストの高騰」という二つの側面に大別できます。今回のイラン情勢を例に取れば、以下のような懸念が考えられます。

まず、エネルギーコストへの影響です。イランは世界有数の産油国であり、同国の情勢がさらに不安定化すれば、原油の安定供給に懸念が生じ、価格が高騰する可能性があります。また、世界の石油輸送の大動脈であるホルムズ海峡の緊張が高まれば、その影響は計り知れません。原油価格の上昇は、工場の光熱費や輸送コストだけでなく、ナフサを原料とするプラスチック樹脂をはじめ、多くの工業製品の価格に直接的に跳ね返ってきます。これは、企業の収益構造を直撃する深刻な問題です。

次に、サプライチェーンへの影響です。直接イランから部品や材料を調達しているケースは少ないかもしれません。しかし、我々が取引しているサプライヤー(Tier1)が、そのまた取引先(Tier2, Tier3)で中東地域の企業から調達を行っている可能性は十分に考えられます。自社の把握していないところでサプライチェーンが繋がっており、ある日突然、重要な部品の供給が滞るという事態も起こり得るのです。これは、生産計画の根幹を揺るがしかねないリスクと言えるでしょう。

今、現場と経営が取り組むべきこと

こうしたリスクに対し、我々はどのように備えるべきでしょうか。経営層から現場のリーダーまで、それぞれの立場でできることがあります。

経営層や事業部長の立場では、事業継続計画(BCP)の中で、自然災害だけでなく地政学リスクを具体的なシナリオとして盛り込み、対策を検討することが重要です。特定の国や地域に依存したサプライチェーン構造になっていないか、サプライヤーマップを精査し、リスクの可視化を進める必要があります。その上で、調達先の複線化(マルチソース化)や、代替材料・代替部品の認定を平時から進めておくといった戦略的な判断が求められます。

工場長や生産管理、調達部門では、より実務的な備えが必要です。エネルギーコストの変動に対する感度を高め、日々の省エネ活動を地道に徹底することは、コスト耐性を高める上で不可欠です。また、サプライヤーとの定期的な情報交換を通じて、彼らが抱えるリスクについても把握に努めるべきでしょう。いざという時に、どのサプライヤーのどの部品が滞る可能性があるのかを事前に把握できていれば、初動の速さが大きく変わってきます。

日本の製造業への示唆

今回の件から、日本の製造業が改めて認識すべき要点と実務への示唆を以下に整理します。

1. 地政学リスクの常時監視と自社への影響分析
海外の政治・社会情勢は、自社の事業と無関係ではないという認識を常に持つことが重要です。特に、資源国や主要な海上交通路(シーレーン)周辺の動向は、コストや供給網に直接的な影響を及ぼすため、継続的に情報を収集し、自社への影響度を分析する体制が求められます。

2. サプライチェーンの「見える化」と強靭化(レジリエンス)
自社が直接取引するTier1サプライヤーだけでなく、その先のTier2、Tier3まで含めたサプライチェーン全体を可能な限り可視化し、どこに脆弱性があるかを把握することが不可欠です。その上で、調達先の多角化、国内回帰の検討、代替生産拠点の確保、戦略的な在庫保有など、サプライチェーンの強靭化に向けた具体的な手を打つ必要があります。

3. コスト構造の再点検と変動への備え
エネルギーや原材料の価格は、今後も様々な要因で大きく変動することを前提としなければなりません。自社の製品コストに占めるエネルギー・原材料費の割合を正確に把握し、価格変動が収益に与える影響をシミュレーションしておくことが有効です。同時に、生産プロセスの改善による歩留まり向上や省エネルギー化といった、コスト競争力を高める不断の努力が、外部環境の変化に対する抵抗力を高めます。

4. シナリオベースの事業継続計画(BCP)の策定と訓練
「中東情勢の緊迫化により原油価格がXX%上昇する」「特定地域の港湾が機能不全に陥る」といった具体的なシナリオを複数想定し、それぞれのケースで「誰が」「何を」「どのように」対応するのかを定めたBCPを策定し、定期的に訓練を行うことが、有事の際の組織的な対応力を高める上で極めて重要です。

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