映画製作という、一見すると製造業とは異なる分野の人材育成手法が、私たちの現場に重要な示唆を与えてくれます。専門分化が進む中で、プロセス全体を俯瞰し、最適化を導くリーダーをいかにして育成すべきか、そのヒントを探ります。
映画製作は「分業と統合」の縮図
海外の映画情報サイトに掲載された、現代の映画監督養成コースに関する記事が興味深い視点を提供しています。それによると、監督候補生は脚本執筆、撮影技術、音響設計、編集、VFX(視覚効果)、そしてプロダクションマネジメント(製作管理)といった、映画製作に関わる極めて多岐にわたる分野を集中的に学ぶ必要があるとされています。これは、各分野の専門家集団を率いて一つの作品を完成に導く映画監督にとって、個別の技術を深く理解し、それらを統合する能力が不可欠であることを示唆しています。
それぞれの工程は高度に専門化されていますが、監督はそれら全ての言語を理解し、相互の連携を促し、最終的な品質と納期、予算に対して責任を負います。まさに、多様な工程を経て一つの製品を生み出す、製造業の工場運営そのものと言えるでしょう。
製造業における「サイロ化」という課題
この話を日本の製造業に置き換えて考えてみます。私たちの現場では、設計、資材調達、加工、組立、検査、品質保証、出荷といった各部門が、日々の業務の中で専門性を高めています。しかし、その専門性が高まるほど、部門間の壁が厚くなり、いわゆる「サイロ化」に陥るケースは少なくありません。各部門が自身の業務範囲での「部分最適」を追求した結果、工程間の連携ロスや手戻りが発生し、工場全体としての生産性や品質が伸び悩むという課題は、多くの企業が直面しているのではないでしょうか。
例えば、設計部門は後工程の作りやすさを十分に考慮せず、組立現場で想定外の工数が発生する。あるいは、生産部門が効率を優先するあまり、品質保証部門の要求する基準との間で齟齬が生じる。こうした問題の根源には、各担当者がプロセス全体を俯瞰する視点を持ちにくいという構造的な要因があります。
全体を俯瞰するリーダーの育成
映画監督が脚本から編集、製作管理までを学ぶのは、まさにこのサイロ化を防ぎ、プロジェクト全体の成功確率を高めるためです。各工程の担当者が何を考え、どのような制約の中で仕事をしているのかを理解することで、初めて的確な指示と円滑なコミュニケーションが可能になります。この能力は、製造業における工場長や生産技術のリーダー、あるいは製品開発のプロジェクトマネージャーに求められる資質と完全に一致します。
自部門の専門知識はもちろん重要ですが、それに加えて、前後の工程やサプライチェーン全体、さらには顧客の要求といった大局的な視点を持つことが、真の課題解決と継続的な改善活動には不可欠です。特定工程のスペシャリストであると同時に、プロセス全体のジェネラリストでもある。そうした人材をいかに育成するかが、今後の競争力を左右する鍵となります。
日本の製造業への示唆
今回の異分野の事例から、私たちは以下の様な実務的な示唆を得ることができます。
1. リーダー層への体系的な教育機会の提供
工場長や現場リーダー候補者に対し、担当業務以外の領域(例えば、設計、品質管理、原価計算、サプライチェーン管理など)を体系的に学ぶ研修プログラムを設けることは有効です。ジョブローテーションも有効な手段ですが、その目的が「他工程の業務と課題を理解し、全体最適の視点を養うこと」であることを明確に共有することが重要です。
2. 「プロダクションマネジメント」視点の醸成
自社の製品が、どのような企画意図(脚本)のもと、どのような工程(撮影・編集)を経て、最終的に顧客に届けられるのか。この一連の流れを理解する視点を、技術者や現場担当者にも広めていく必要があります。これにより、日々の改善活動が単なる部分最適に留まらず、会社全体の価値向上にどう繋がるのかを意識できるようになります。
3. 部門横断のコミュニケーション設計
映画監督が各分野の専門家と対話するように、設計者と製造現場、品質保証と購買といった異なる部門の担当者が、定期的に課題を共有し、共通言語で議論する場を意図的に設けることが求められます。これにより、部門間の壁が低減され、よりスムーズな連携が期待できるでしょう。
専門分化は生産性を高める上で不可欠ですが、それと同時に、分化したものを再び統合し、より大きな価値を生み出すための仕組みと人材が不可欠です。映画監督の育成アプローチは、そのためのヒントを私たちに示してくれていると言えるでしょう。


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