世界的なEVシフトの流れの中、米国の人気モータースポーツ「NASCAR」では、当面の間、伝統的な内燃機関(ICE)を維持する方針がメーカーから支持されています。この動向は、技術の多様性と既存技術の価値を再考する上で、日本の製造業にとっても重要な示唆を与えてくれます。
NASCARが選択した「現状維持」とその背景
米国で絶大な人気を誇るモータースポーツの最高峰、NASCAR(ナスカー)において、レース車両のパワートレインを当面は従来の内燃機関(ICE)のまま維持する方針が、参戦する自動車メーカー各社から支持されていることが報じられました。これは、電動化への大きな潮流の中にあって、注目すべき動向と言えます。
この背景には、いくつかの実務的な理由が考えられます。第一に、NASCARの魅力の核心が、V8エンジンの轟音や振動といった、観客の五感に直接訴えかける体験にあることです。電動化によってこの体験が損なわれることは、興行としての魅力を大きく左右しかねません。また、長年にわたり培われてきた内燃機関の技術は信頼性が高く、性能も極限まで追求されており、確立されたサプライチェーンが存在します。これらを短期間で電動パワートレインに置き換えることは、技術的・コスト的に極めて大きな挑戦となります。
EV化だけではない、カーボンニュートラルへのアプローチ
この決定は、単なる電動化への抵抗と見るべきではありません。むしろ、カーボンニュートラルを実現するための道筋が一つではないことを示唆しています。NASCARは、将来的に合成燃料(e-fuel)などのカーボンニュートラル燃料を導入することを視野に入れています。これは、既存の内燃機関という資産を活かしながら、環境課題に対応しようとする現実的なアプローチです。
モータースポーツの過酷な環境は、新しい技術を試し、その信頼性や性能を証明するための格好の「走る実験室」となります。合成燃料のような次世代燃料にとって、NASCARのような舞台でその実力が示されることは、将来の市販車への応用に向けて大きな一歩となるでしょう。日本の製造業、特にエンジン関連の精密加工や部品供給に携わる企業にとって、こうした代替燃料の動向は、自社の技術が今後も価値を持ち続ける可能性を示すものです。
既存技術の価値とサプライチェーンの再評価
世の中の潮流がEVに向かう中、ともすれば内燃機関に関わる技術や設備は「レガシー(時代遅れの資産)」と見なされがちです。しかし、NASCARの事例は、市場や用途によっては、内燃機関が依然として最適解であり続ける可能性を示しています。重要なのは、これまで培ってきた燃焼効率の改善、軽量化、摩擦低減といった基盤技術です。これらの技術は、合成燃料を使用する次世代エンジンにおいても、その性能を左右する重要な要素であり続けます。
この動向は、自社の強みである技術やノウハウを再評価し、それが未来のどのような製品や市場で活かせるのかを多角的に検討する必要があることを教えてくれます。また、パワートレインの多様化が進む将来を見据え、特定の技術に過度に依存するのではなく、様々な要求に対応できる柔軟な生産体制やサプライチェーンを構築しておくことの重要性も浮き彫りになります。
日本の製造業への示唆
今回のNASCARの動向から、日本の製造業関係者が得るべき実務的な示唆を以下に整理します。
1. 技術戦略の複線化:
EV関連技術への投資は不可欠ですが、同時に、既存の内燃機関技術の高度化や、合成燃料・水素エンジンといった代替技術への対応も視野に入れた、複線的な技術戦略が求められます。自社のコア技術が、どの分野で競争優位性を発揮できるかを見極めることが重要です。
2. 既存資産(技術・人材)の再評価:
長年かけて蓄積してきた精密加工技術、材料技術、燃焼制御技術などは、今後も大きな価値を持つ可能性があります。これらの技術を棚卸しし、新しい燃料やパワートレインにどのように応用できるかを検討することは、新たな事業機会の創出につながります。
3. サプライチェーンの柔軟性確保:
パワートレインの多様化は、サプライチェーンに複雑さをもたらします。EV部品と内燃機関部品、あるいはその両方に対応できるような、柔軟で変化に強い生産体制・品質管理体制の構築が、将来の事業継続性を左右する鍵となるでしょう。
4. 市場ニーズの冷静な分析:
電動化の進展速度は、国や地域、市場セグメントによって大きく異なります。NASCARの事例は、特定の顧客層や用途においては、内燃機関ならではの価値が根強く支持されることを示しています。グローバルな視点を持ちつつ、各市場の特性を冷静に分析し、最適な製品・技術を投入していく姿勢が不可欠です。


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