長年、米国自動車メーカーへの依存という構造的課題を抱えてきたカナダの自動車製造業が、産業再生をかけて新たな舵を切り始めています。その鍵となるのが、EVシフトを追い風とした中国や韓国の企業との連携強化です。本稿では、この動きの背景と、日本の製造業にとっての実務的な意味合いを解説します。
岐路に立つカナダの自動車製造業
カナダの自動車産業は、歴史的に米国のビッグ3(GM、フォード、クライスラー)の生産拠点として発展してきました。地理的な近接性とNAFTA(北米自由貿易協定)、そして現在のUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)という貿易の枠組みの中で、米国市場と一体化したサプライチェーンを形成してきたのです。しかしその反面、米国メーカーの経営戦略に大きく左右されるという構造的な脆弱性を抱えてきました。近年の関税政策の変更やグローバルでの生産拠点の最適化の流れの中で、カナダ国内の工場閉鎖や生産規模の縮小が相次ぎ、産業全体の地盤沈下が深刻な課題となっていました。
EVシフトを捉えた新たな国家戦略
こうした状況を打開する好機としてカナダが着目したのが、世界的な電気自動車(EV)へのシフトです。内燃機関(ICE)からEVへの移行は、既存のサプライチェーンや技術的な優位性を大きく揺るがす地殻変動であり、新規参入や勢力図の塗り替えが起こりやすい領域です。カナダ政府は、この変化を捉え、自国を北米におけるEVおよびバッテリー生産のハブとすべく、積極的な企業誘致に乗り出しています。その戦略上、重要なパートナーとして白羽の矢が立ったのが、EVとバッテリー技術で世界をリードする中国や韓国の企業です。彼らの持つ先進技術、生産ノウハウ、そして巨大な資本を呼び込むことで、国内に新たな産業クラスターを形成しようという狙いが見て取れます。
海外企業を惹きつけるカナダの「強み」
では、なぜ中国や韓国の企業が、新たな北米の生産拠点としてカナダを選ぶのでしょうか。そこには、カナダが持ついくつかの戦略的な強みが存在します。
第一に、リチウム、ニッケル、コバルトといったバッテリー製造に不可欠な鉱物資源が豊富である点です。サプライチェーンの安定化と地政学リスクの低減が重要課題となる中、資源の調達からバッテリー生産、車両組立までを一貫して行える「マイン・ツー・モビリティ(鉱山から自動車まで)」の可能性は、企業にとって大きな魅力となります。
第二に、水力発電を中心としたクリーンで安価な電力です。ESG(環境・社会・ガバナンス)経営が重視され、製品のライフサイクル全体でのCO2排出量削減が求められる今日において、再生可能エネルギー由来の電力で工場を稼働できることは、グローバル市場での競争優位性に直結します。
そして第三に、言うまでもなくUSMCAによる北米市場へのアクセスです。カナダで生産された製品は、巨大な米国市場に有利な条件で輸出することが可能です。これは、北米市場への本格進出を目指すアジア企業にとって、極めて重要な要素と言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
カナダのこうした動きは、対岸の火事ではありません。グローバルな事業展開を行う日本の製造業にとって、いくつかの重要な示唆を与えてくれます。
1. サプライチェーン戦略の再点検
米中対立や経済安全保障を背景としたサプライチェーンのブロック化は、机上の空論ではなく、各国の産業政策として具体化しています。カナダの事例は、地政学的な変動の中で、各国がいかにして自国の産業を守り、新たな付加価値を創出しようとしているかを示す好例です。自社の部材調達や生産拠点が、特定の国・地域に過度に依存していないか、変化に対応できる柔軟性を備えているかを改めて見直す必要があります。
2. 自社の「強み」の再定義
カナダは、自国が持つ「資源」や「クリーンエネルギー」といった強みを、EV時代という新たな文脈の中で戦略的に活用しています。日本の製造業も、自社が長年培ってきた品質管理、精密加工技術、改善ノウハウといった無形の資産を、脱炭素やDXといった現代的な課題解決にどう結びつけられるかを考え、再定義していくことが求められます。
3. 柔軟なパートナーシップの模索
かつての競合相手が、新しい技術領域では協業パートナーとなり得ます。特にEV、バッテリー、半導体といった分野では、一社単独ですべてを賄うことは困難です。カナダが中国や韓国の企業と手を組むように、自社の弱みを補い、強みを最大化できる相手との連携を、国籍や従来の枠組みにとらわれずに模索する視点が不可欠です。
4. 北米市場における事業環境の変化
日本の自動車・部品メーカーにとって最重要市場の一つである北米において、カナダがEV生産の新たな一大拠点となる可能性があります。これは、現地のサプライチェーンに新たなプレーヤーが登場することを意味し、競争環境の変化をもたらします。現地の政策動向や、形成されつつある新たな産業クラスターの動きを注意深く見守り、自社の事業戦略を適宜見直していくことが肝要です。


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