昨今、製造業においてデータとAIの活用は避けて通れないテーマとなっています。しかし、その具体的な活用方法や将来像を明確に描くことは容易ではありません。本稿では、海外の専門家の予測を参考に、2026年に向けて日本の製造業が注力すべき3つの領域について、実務的な視点から解説します。
はじめに:データ基盤の「近代化」という課題
製造業の現場では、生産管理システム、設備からの稼働データ、品質検査記録など、日々膨大なデータが生成されています。しかし、これらのデータが部門やシステムごとに分断され、いわゆる「サイロ化」しているケースは少なくありません。この状態では、データを横断的に分析し、経営や現場改善に活かすことは困難です。
ここで重要となるのが、「モダンなデータ基盤(Modern Data Estate)」という考え方です。これは、組織内のあらゆるデータを一元的に集約し、誰もが必要な時に安全にアクセス・活用できる環境を指します。部門の壁を越えてデータを連携させることで、これまで見過ごされてきた課題の発見や、より精度の高い意思決定が可能になります。日本の製造業が次のステージに進むためには、このデータ基盤の整備が最初の重要な一歩となるでしょう。
予測1:サプライチェーンの高度化とレジリエンス強化
一つ目の重要な領域は、サプライチェーン管理です。近年の地政学的なリスクや自然災害により、サプライチェーンの寸断は多くの企業にとって現実的な経営リスクとなっています。データとAIの活用は、この課題に対する有効な処方箋となり得ます。
具体的には、需要予測の精度向上が挙げられます。過去の販売実績や市場データ、季節変動などをAIが分析することで、より現実に即した需要予測が可能となり、過剰在庫や欠品のリスクを低減できます。また、サプライヤーの生産状況や物流情報などをリアルタイムに共有することで、供給網の異常を早期に検知し、代替調達先の確保といった対応を迅速に行えるようになります。
特に、協力会社との緊密な連携を強みとしてきた日本の製造業にとって、勘や経験に頼ってきた内示情報の精度をデータで補強したり、災害時のBCP(事業継続計画)をより実効性の高いものにしたりと、活用の可能性は多岐にわたります。これは、従来のジャストインタイム(JIT)生産方式を、より強靭なものへと進化させる取り組みと言えるでしょう。
予測2:スマート製造の深化 – 「見える化」から「最適化」へ
二つ目の領域は、工場におけるスマート製造の進化です。IoTセンサー等で設備や人の動きを「見える化」する取り組みは、多くの工場で進められてきました。しかし、その真価が問われるのは、収集したデータをいかにして具体的な改善活動に結びつけるか、という次の段階です。
今後の焦点は、AIを活用した「最適化」です。例えば、設備のセンサーデータから故障の兆候を事前に察知する「予知保全」は、突発的なライン停止を防ぎ、生産性を大きく向上させます。また、製品の画像データや製造条件データをAIが分析し、不良品の発生を予測・防止する「品質予測」も実用化が進んでいます。さらには、需要、在庫、設備稼働率、人員配置といった複雑な変数を考慮し、生産計画全体を自動で最適化するような取り組みも視野に入ってきます。
日本の製造現場には、熟練技術者の「匠の技」や、地道な「カイゼン活動」といった素晴らしい文化があります。データ活用は、これらを否定するものではありません。むしろ、熟練者の判断基準をデータとして形式知化し、技術伝承を支援したり、カイゼン活動のヒントを与えたりする強力なツールとなり得ます。データと現場の知見を融合させることが、日本の工場の新たな強みとなるはずです。
予測3:製品ライフサイクル全体でのデータ活用
三つ目の領域として、製品の企画・開発から販売、アフターサービスに至るまでのライフサイクル全体でのデータ活用が挙げられます。これは、工場の内部だけでなく、顧客や市場との繋がりをデータによって強化する取り組みです。
例えば、市場のトレンドデータや顧客からのフィードバックを分析し、次の製品開発に活かすことができます。また、販売した製品にセンサーを搭載し、稼働状況データを収集することで、故障の予兆を顧客に通知したり、最適なメンテナンス時期を提案したりする「サービタイゼーション」と呼ばれる新たなビジネスモデルの構築も可能になります。
高品質な「モノづくり」を強みとしてきた日本の製造業が、製品を通じて顧客にどのような価値(コト)を提供できるか。製品から得られるデータを活用することは、この「モノからコトへ」の事業転換を加速させる上で、重要な鍵を握っています。
日本の製造業への示唆
これらの予測を踏まえ、日本の製造業の実務者が留意すべき点を以下に整理します。
・データ活用の土台作り:まず、部門間に散在するデータを統合し、共有するための基盤構築を検討することが不可欠です。全社的な大規模プロジェクトである必要はなく、特定の課題解決に必要なデータ連携から始めることが現実的です。
・現場主導のスモールスタート:AIやデータ分析というと難しく考えがちですが、まずは一つの生産ラインの歩留まり改善や、特定の設備の予知保全など、現場が課題意識を持つテーマから小さく始めることが成功の秘訣です。成功体験を積み重ねながら、適用範囲を広げていくアプローチが有効でしょう。
・データと現場知見の融合:データは万能ではありません。データ分析の結果を鵜呑みにするのではなく、現場の経験や知見と照らし合わせ、その意味を解釈することが重要です。データはあくまで、現場のカイゼン活動や熟練者の意思決定を支援するツールであるという認識が求められます。
・人材への投資:最終的にデータを活用するのは「人」です。データを正しく読み解き、アクションに繋げるスキルを持つ人材の育成は、企業にとって長期的な競争力の源泉となります。外部の専門家を活用しつつも、社内での育成に地道に取り組む視点が欠かせません。


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