製造現場では、図面や作業標準書、過去のトラブル事例といった様々な「参照情報」が不可欠です。しかし、それらが整理されず散在しているケースは少なくありません。本記事では、生産管理ツールとは一線を画す「リファレンスボード」という考え方を取り上げ、現場の情報共有と知識継承のあり方について考察します。
散在する現場情報という古くて新しい課題
製造業の現場は、多種多様な情報であふれています。製品図面、QC工程図、作業標準書といった公式な文書はもちろんのこと、設備保全の記録、過去の不良品の写真、熟練者の作業メモ、改善活動の議事録など、その種類は多岐にわたります。これらの情報は、日々の生産活動や品質改善、技能伝承において極めて重要な役割を果たします。
しかし、これらの貴重な情報がファイルサーバーの奥深くや個人のPC、あるいは紙のファイルとして現場の各所に散在し、必要な時にすぐに見つけ出せない、という経験は多くの現場が抱える課題ではないでしょうか。情報を探す時間的なロスだけでなく、担当者不在による業務の停滞、あるいはノウハウが属人化し共有されないといった問題にもつながりかねません。
生産管理ツールとは異なる「参照情報基盤」
昨今、こうした課題を解決する手段として、様々な情報を視覚的に整理・共有するためのデジタルツールが登場しています。海外のデジタル制作業界で注目される「Frame Ref」というツールもその一つで、「リファレンスボード」として位置づけられています。これは、生産計画や進捗を管理する、いわゆる「生産管理ツール」とは明確に目的が異なります。
この考え方を日本の製造業に当てはめてみましょう。生産管理システム(MESなど)が、いつ、誰が、何を、どれだけ作るかという「動的な生産フロー」を管理するのに対し、リファレンスボードは、その生産活動を行う上で必要となる図面、手順書、限度見本写真、工具リストといった「静的な参照情報」を一元的に集約し、誰もがアクセスできる「デジタルの掲示板」や「共有の資料棚」のような役割を担います。両者は競合するものではなく、相互に補完しあう関係にあると言えるでしょう。
例えば、品質保証部門が主導し、過去の市場クレームに関する報告書、原因分析の記録、対策後の製品写真をボード上で時系列に整理しておけば、設計変更や次期モデル開発の際に、技術者がいつでも参照できる貴重な知識データベースとなります。また、保全部門が特定の設備に関するマニュアル、修理履歴、交換部品の型番などをまとめておけば、急な故障対応の際にも迅速な初動が可能になります。
新しいツールの導入で留意すべきこと
このような新しいデジタルツールの導入を検討する際には、普遍的な原則があります。それは、いきなり全社展開を目指すのではなく、まずは重要度の高くない、限定的な場面で試行することです。これは、日本の製造現場で重視される「スモールスタート」や「PoC(Proof of Concept:概念実証)」のアプローチと全く同じ考え方です。
例えば、特定の製品ラインにおける作業標準書のデジタル化と共有、あるいは一つの改善プロジェクトチーム内での情報共有基盤として試験的に導入してみるのが現実的です。その中で、現場の作業者が本当に使いやすいか、情報の整理・更新は容易か、そして導入によってどのような効果(探す時間の短縮、ミスの削減など)があったかを冷静に評価することが不可欠です。ツールの導入そのものが目的化しないよう、あくまで現場の課題解決に資するかという視点を持ち続けることが重要となります。
日本の製造業への示唆
今回の記事から、日本の製造業が実務に活かすべき要点を以下に整理します。
1. 現場の「静的情報」の棚卸し
まずは自社の現場において、どのような情報(図面、手順書、ノウハウ、写真など)が、どこに、どのような形式で保管・管理されているかを可視化することから始めるべきです。これらの散在する情報こそが、デジタル化によって価値を生む「資産」の候補となります。
2. 生産管理と情報共有の役割分担の明確化
生産の実行(フロー)を管理するシステムと、業務に必要な知識(ストック)を共有する基盤は、似て非なるものです。それぞれの役割を明確に理解し、自社の課題がどちらにあるのかを見極めることが、適切な解決策を選ぶ第一歩となります。既存の生産管理システムで無理に情報共有まで行おうとせず、目的に合ったツールや仕組みを検討することが求められます。
3. スモールスタートによる効果検証
新しい情報共有の仕組みやツールを導入する際は、特定の部署やプロジェクトチームなど、限定的な範囲で試行し、その効果と課題を十分に検証することが成功の鍵です。「誰の、どんな課題を解決するのか」という目的を常に問い続けながら、現場の作業負荷を増やさず、むしろ軽減するような形で導入を進める丁寧なアプローチが不可欠です。


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