なぜ欧州は選ばれ続けるのか? 製薬業界の製造投資に見る、コスト以外の拠点価値

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製造拠点の海外移転というと、人件費の安い国や地域が注目されがちです。しかし、製薬業界ではコストが高いとされる欧州への投資が依然として活発です。この記事では、その背景にある「コスト以外の競争力」を読み解き、日本の製造業が学ぶべき視点を探ります。

はじめに:コスト高の欧州になぜ投資が集まるのか

製造業のグローバル化において、生産拠点をコストの低い国へ移すことは、長らく合理的な経営判断とされてきました。しかし、近年の製薬業界、特に医薬品開発製造受託機関(CDMO)の動向を見ると、必ずしもその常識が当てはまらない実態が浮かび上がってきます。なぜ、人件費や規制対応コストが高いとされる欧州が、今なお製造拠点として選ばれ続けているのでしょうか。その背景には、単なるコスト競争力では測れない、製造拠点としての本質的な価値が存在します。

高度な製造技術と人材の集積

欧州が投資先として魅力を維持している最大の理由の一つは、高度な製造技術とそれを支える熟練した人材の集積です。特に、バイオ医薬品や細胞・遺伝子治療といった最先端の医薬品は、製造プロセスが極めて複雑であり、高度な専門知識と経験が求められます。このような高付加価値製品の製造においては、単純な人件費の多寡よりも、安定して高品質な製品を製造できる技術基盤と人材の質が、競争力を左右する決定的な要因となります。これは、精密加工や特殊な組立技術を要する日本のものづくり現場においても、改めて認識すべき重要な視点と言えるでしょう。

品質・規制対応力という「見えざる資産」

医薬品は人の生命に直結するため、その品質基準は極めて厳格です。欧州にはEMA(欧州医薬品庁)をはじめとする厳しい規制当局が存在し、その基準をクリアすることは容易ではありません。しかし、見方を変えれば、この厳しい規制環境で製造・供給できる能力そのものが、企業の信頼性とブランド価値を高める「見えざる資産」となります。規制当局との折衝経験や、GMP(医薬品の製造管理及び品質管理の基準)に準拠した工場運営ノウハウは、一朝一夕に構築できるものではありません。欧州の製造拠点は、この品質・規制対応力において大きなアドバンテージを持っているのです。

パンデミックが変えたサプライチェーンの常識

COVID-19のパンデミックは、グローバルサプライチェーンの脆弱性を浮き彫りにしました。医薬品の安定供給が国家的な課題となる中、効率一辺倒で長く伸びきったサプライチェーンのリスクが再認識され、生産拠点を消費地の近くに置く「ニアショアリング」や、域内での生産を重視する動きが加速しました。欧州に製造拠点を置くことは、巨大な欧州市場へのアクセスを確保し、地政学的なリスクや輸送の混乱からサプライチェーンを守る上で、極めて合理的な選択となっています。これは、部品や原材料の調達を海外の特定地域に依存しがちな日本の製造業にとっても、決して他人事ではない課題です。

政府の積極的な支援と産業エコシステム

欧州各国政府が、自国への製造拠点誘致や維持に積極的である点も見逃せません。補助金や税制優遇といった直接的な支援に加え、研究開発機関や大学、スタートアップ企業との連携を促す産業エコシステムの存在が、欧州の競争力を下支えしています。革新的な新薬が生まれる土壌と、それを商業生産に繋げる製造拠点が近接していることは、開発から市場投入までのリードタイムを短縮し、企業の競争力を高める上で大きな利点となります。産学官が連携して産業を育てるという視点は、我々も学ぶべき点が多いでしょう。

日本の製造業への示唆

欧州における製薬業界の投資動向は、日本の製造業にとっても多くの示唆に富んでいます。グローバルな競争環境が変化する中で、我々が実務に活かすべき要点を以下に整理します。

1. 「コスト」から総合的な「価値」への転換
製造拠点の選定や評価において、人件費や材料費といった直接的なコストだけで判断する時代は終わりつつあります。技術力、品質保証体制、規制対応能力、サプライチェーンの安定性といった要素を総合的に評価し、自社の競争力にどう貢献するのかという「価値」の視点を持つことが不可欠です。

2. 強み(コアコンピタンス)の再定義
日本の製造業が誇る「高品質」や「精密技術」を、より具体的な価値に置き換えて訴求する必要があります。例えば、それは「複雑な製品を、厳しい品質基準の下で、安定的に量産できる能力」と言い換えられるかもしれません。自社の技術的な強みが、顧客や社会のどのような課題を解決できるのかを再定義することが重要です。

3. サプライチェーンの再構築
効率追求だけでなく、強靭性(レジリエンス)を重視したサプライチェーンの再構築は喫緊の課題です。国内生産への回帰や、生産拠点の分散、信頼できるパートナーとの連携強化など、有事の際にも事業を継続できる体制づくりを真剣に検討すべき時期に来ています。

4. 人材育成と技術継承の重要性
結局のところ、高度なものづくりを支えるのは「人」です。欧州が人材の集積地として評価されているように、日本もまた、熟練技能者の育成と、デジタル技術を活用した効率的な技術継承に、より一層注力する必要があります。これが、将来にわたって国際競争力を維持するための最も確実な投資となるでしょう。

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