米国で成立した法案に、PBM(薬剤給付管理者)の透明性を高める改革が盛り込まれました。これは一見、製薬業界の話題に思えますが、実は従業員の医療費という形で製造業全体の経営コストに深く関わる問題です。本稿では、この動きの背景と日本の製造業にとっての示唆を解説します。
背景:米国の医療制度とPBMの役割
PBM(Pharmacy Benefit Manager:薬剤給付管理者)とは、米国の複雑な医療保険制度の中で生まれた業態です。主に、企業や健康保険組合といった保険者の代わりに、製薬会社や薬局との間で処方薬の価格交渉、給付管理、支払い処理などを代行します。いわば、医薬品流通における強力な仲介者です。
しかし、PBMはその価格交渉力によって製薬会社から多額のリベート(割戻金)を得る一方で、その配分や算定根拠が不透明であると長年批判されてきました。この不透明な取引慣行が、結果的に医薬品の価格を高止まりさせ、企業や従業員が負担する保険料を増大させる一因になっていると指摘されています。
法改正が「製造業の勝利」とされた理由
今回、米国の歳出法案に盛り込まれた改革は、PBMに対してこれまで不透明だったリベートなどの情報を開示するよう義務付けるものです。これにより、取引の透明性を高め、不当な価格形成を是正することが期待されています。
全米製造業者協会(NAM)がこの改革を「製造業の勝利」と歓迎しているのには、明確な理由があります。一つは、会員である製薬メーカーの事業環境が改善されること。そしてもう一つ、より広範な製造業者にとって重要なのは、従業員の医療費負担の抑制です。
米国では多くの企業が従業員に健康保険を提供しており、その保険料は企業にとって大きなコスト負担となっています。医薬品価格の高騰は、そのまま保険料の上昇に繋がり、企業の福利厚生費、ひいては人件費全体を圧迫します。PBM改革によって薬価が適正化されれば、このコスト上昇に歯止めがかかる可能性があり、それは製造業全体の経営にとって大きなメリットとなるのです。
日本の製造業における視点
この米国の事例は、日本の製造業にとっても他人事ではありません。直接的な制度は異なりますが、従業員の健康が企業の生産性や持続可能性を支える重要な経営資源である点は共通しています。
近年、日本でも「健康経営」という言葉が浸透し、従業員の健康維持・増進に投資する企業が増えています。これは、従業員の心身の健康が、労働生産性の向上、離職率の低下、そして将来的には企業が負担する健康保険料の抑制にも繋がるという認識が広がっているためです。米国の製造業がPBM改革を自社の経営課題として捉えている事実は、この健康経営の重要性を裏付けるものと言えるでしょう。
また、この問題はサプライチェーンにおける中間コストのあり方という、より普遍的なテーマも内包しています。自社の調達や物流の過程において、不透明な取引慣行や非効率な中間マージンが存在していないか。バリューチェーン全体を俯瞰し、コスト構造の透明化を図るという視点は、あらゆる製造業にとって有益なものと考えられます。
日本の製造業への示唆
今回の米国の動きから、日本の製造業が学ぶべき実務的な示唆を以下にまとめます。
1. 従業員の健康コストを経営指標として捉える
従業員の健康に関わるコストは、単なる福利厚生費ではなく、企業の競争力に影響を与える経営コストです。健康経営への投資は、長期的な生産性向上とコスト適正化の両面から、その重要性を再認識すべきでしょう。
2. サプライチェーン全体の透明性を追求する
PBMの問題は、サプライチェーンの中間に存在する「ブラックボックス」が全体のコストを押し上げる典型例です。原材料の調達から製品の販売に至るまで、自社の商流に潜む不透明なコストや非効率なプロセスがないかを見直すきっかけとすることができます。
3. 自社を取り巻く政策・制度動向への注視
直接の事業領域ではない分野の法改正や制度変更が、巡り巡って自社のコスト構造に影響を及ぼすことがあります。業界団体などを通じて幅広い政策動向を注視し、自社への影響を多角的に分析する姿勢が、将来のリスク管理に繋がります。


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