ナイキの事例に学ぶ、グローバル・サプライチェーンにおける「継続的改善」の本質

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グローバルにサプライチェーンを展開するナイキは、かつて下請け工場の労働問題で厳しい批判に直面しました。しかし同社は、その経験をバネにサプライチェーン管理に「学習と継続的改善」という文化を根付かせ、透明性の確保に努めてきました。本稿では、その軌跡から日本の製造業が学ぶべき点を探ります。

グローバル生産の光と影

ナイキは創業当初から、自社では工場を持たず、製品の設計開発とマーケティングに注力し、生産は外部のサプライヤーに委託するという、いわゆるファブレス経営の先駆けとして知られています。このモデルは、設備投資を抑えながら世界中の安価な労働力を活用できるため、同社の急成長を支える原動力となりました。しかしその一方で、1990年代にはアジアの下請け工場における劣悪な労働環境や児童労働が告発され、世界的な不買運動にまで発展する事態を招きました。

これは、サプライチェーンが複雑化・グローバル化する中で、ブランド企業がサプライヤーの管理責任をどこまで負うべきかという、今日にも続く重い課題を製造業全体に突きつける出来事でした。自社の目が直接届きにくい二次、三次のサプライヤーで起きている問題を、いかに把握し、改善していくか。ナイキのその後の取り組みは、多くの示唆に富んでいます。

批判から生まれた「学習と継続的改善」

厳しい批判に直面したナイキが打ち出したのは、単なる規則の強化や監査の徹底だけではありませんでした。元記事でも触れられているように、彼らはこれを「学習と継続的改善(Learning and Continuous Improvement)」の機会と捉え、サプライヤーとの関係性を再構築する道を選びました。これは、一方的に基準を押し付けて評価するのではなく、サプライヤーと協働して課題を発見し、共に解決していくというパートナーシップへの転換を意味します。

日本の製造業で培われてきた「カイゼン」の考え方にも通じるものがありますが、ナイキの取り組みが特徴的なのは、その対象が品質や生産性(QCD)だけでなく、労働安全衛生、人権、環境といった、より広範なCSR(企業の社会的責任)の領域にまで及んでいる点です。工場の問題点を隠すのではなく、むしろオープンにして改善のプロセスを共有することが、長期的な信頼関係の構築に繋がるという思想が根底にあります。

サプライチェーンの透明性という挑戦

この思想を象徴する取り組みが、2005年に行われた委託工場リストの公開です。当時、どの企業がどこで製品を製造しているかは機密情報とされるのが一般的でした。しかしナイキは、世界中の契約工場の名称や所在地を公表するという画期的な決断を下します。これにより、NGOやメディアといった第三者による監視が可能になり、自浄作用を促す仕組みを構築したのです。

当初は多くのリスクが懸念されたこの取り組みも、結果的にはナイキのブランドイメージを回復させ、サプライチェーンにおける説明責任を果たす企業としての評価を高めることに繋がりました。サプライチェーンの透明性を高めることは、リスクを外部に晒すことではなく、むしろ積極的にリスクを管理し、企業価値を高めるための重要な経営戦略であるということを、この事例は示しています。

終わりのない改善の道のり

グローバル・サプライチェーンの管理は、一度仕組みを構築すれば終わりというものではありません。地政学的なリスク、各国の法規制の変更、新たな人権問題の浮上など、企業を取り巻く環境は常に変化し続けています。だからこそ、「継続的(Ongoing)」な改善が不可欠となります。

ナイキの取り組みも完璧ではなく、現在でも様々な課題が指摘されることはあります。しかし重要なのは、問題から目を背けるのではなく、それを改善の機会と捉え、ステークホルダーとの対話を続けながら、地道な努力を継続していく姿勢そのものにあると言えるでしょう。これは、海外に生産拠点やサプライヤーを持つ日本の製造業にとっても、決して他人事ではないはずです。

日本の製造業への示唆

ナイキの事例から、日本の製造業が実務レベルで学べる点は多岐にわたります。以下に要点を整理します。

1. サプライチェーン全体の可視化とパートナーシップ
自社の直接の取引先だけでなく、その先の二次、三次サプライヤーまで含めたサプライチェーン全体を可視化する努力が求められます。サプライヤーを単なるコスト削減の対象としてではなく、共に成長するパートナーと位置づけ、課題を共有し解決していく関係性の構築が重要です。

2. 「カイゼン」の適用範囲の拡大
日本の製造現場が世界に誇る「カイゼン」活動。この優れた手法を、QCDといった従来の枠組みだけでなく、労働安全、人権、環境といったESG(環境・社会・ガバナンス)の領域にも積極的に適用していく視点が不可欠です。現場の知恵は、企業の社会的責任を果たす上でも大きな力となり得ます。

3. 透明性の確保をリスク管理から価値創造へ
サプライチェーンに関する情報の公開は、短期的にはリスクに見えるかもしれません。しかし、長期的には取引先や消費者、投資家からの信頼を獲得し、企業価値を高めることに繋がります。人権デューデリジェンスなどがグローバルスタンダードとなる中、透明性の確保はもはや防御的なリスク管理ではなく、攻めの経営戦略と捉えるべきでしょう。

4. 経営層の強いコミットメント
サプライチェーン全体の改革は、一部門の努力だけでは成し遂げられません。労働環境の改善や環境負荷の低減には、時にコスト増や生産計画の見直しが必要となる場合もあります。短期的な利益と相反する可能性のある課題に対し、長期的な視点から取り組むという経営トップの強い意志とコミットメントが、改革を推進する上での前提条件となります。

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