韓国の経済メディアが、日本の産業安全を象徴する言葉として「ヒヤリハット」を取り上げました。私たち製造業の現場では馴染み深いこの活動が、なぜ今、海外から注目されているのでしょうか。その背景と、私たちが改めて認識すべき価値について考察します。
海外メディアが報じる日本の安全管理手法
先日、韓国の経済ニュースサイトが「ヒヤリハット(Hiyari Hatto)」を日本の代表的な産業安全用語として紹介する記事を掲載しました。元記事はごく短いものでしたが、日本の生産管理手法の一つとして、その概念が海外でも関心を集めていることが伺えます。私たちにとっては日常的な言葉ですが、海外の視点から改めて光が当てられることで、その本質的な価値を見直す良い機会と言えるでしょう。
改めて問う「ヒヤリハット」活動の本質
ご存知の通り、「ヒヤリハット」とは、重大な災害や事故には至らなかったものの、一歩間違えれば大惨事になりかねなかった出来事を指します。そして、この経験を報告・共有し、原因を究明して対策を講じる一連の活動が「ヒヤリハット活動」です。
この活動の理論的支柱となっているのが、「ハインリッヒの法則」です。1件の重大事故の背景には29件の軽微な事故があり、さらにその下には300件のヒヤリハット(傷害のない事故)が隠れているという経験則は、多くの現場で安全教育の基本とされています。つまり、300の潜在的な危険の芽を一つひとつ摘み取っていく地道な活動こそが、重大災害を未然に防ぐ最も効果的な手段なのです。
現場での形骸化と、その乗り越え方
多くの日本の製造現場では、ヒヤリハット報告が制度化され、KY(危険予知)活動などと共に安全文化の根幹をなしています。しかし一方で、その運用が形骸化しているという声も聞かれます。「報告件数がノルマになっている」「報告書作成が負担で、本質的な議論ができていない」「対策が注意喚起のポスター掲示に留まり、根本的な改善に至らない」といった課題は、多くの工場が直面する現実ではないでしょうか。
海外から注目されるということは、この活動が本来持つポテンシャルが非常に高いことの裏返しです。もし自社の活動がマンネリに陥っていると感じるならば、今一度、その目的とプロセスを見直すことが求められます。大切なのは、報告の数ではなく質であり、一件のヒヤリハットからどれだけ深く学び、具体的な再発防止策に繋げられるかです。
海外の視点が示す日本の強み
海外の安全管理は、専門の部署が定めた規則(ルール)をトップダウンで遵守させるアプローチが主流であることも少なくありません。それに対し、ヒヤリハット活動は、現場で働く一人ひとりが危険の当事者として気づき、声を上げ、改善に参加するというボトムアップの思想に基づいています。この現場主導の継続的な改善文化こそが、日本の製造業の品質と安全を支えてきた強みの一つと言えます。
海外メディアが「ヒヤリハット」という日本語をそのまま使うのは、単なるニアミス報告制度ではなく、その背景にある思想や文化を含めた概念として捉えているからかもしれません。私たちは、この世界に誇るべき安全文化を自覚し、その価値を次世代に継承していく責任があると言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回の海外からの注目を機に、私たちは以下の点を再確認すべきだと考えます。
第一に、ヒヤリハット活動の原点に立ち返ることです。日々の業務に追われる中で、活動が手段の目的化に陥っていないか、自問する必要があります。一件の報告が未来の重大事故を防ぐという本来の目的を、経営層から現場の作業者まで全員が再認識し、共有することが重要です。
第二に、心理的安全性の確保です。従業員が些細なことでも安心して報告できる職場環境がなければ、ヒヤリハット情報は集まりません。報告者を責めるのではなく、むしろ潜在的なリスクを明らかにしてくれたことに感謝する文化を醸成することが、管理職やリーダーの重要な役割です。
最後に、集まった情報の戦略的活用です。ヒヤリハットは、現場に潜むリスクを可視化する貴重なデータです。これらの情報を集計・分析し、特定の設備や作業、時間帯にリスクが集中していないかといった傾向を掴むことで、より効果的で優先順位の高い安全投資や教育訓練に繋げることができます。


コメント