一見、製造業とは無関係に思えるミュージカル俳優の養成課程。しかしその教育内容には、多能工の育成や生産管理の高度化につながる、示唆に富んだ視点が含まれています。本稿では、異分野のアプローチから製造現場の課題解決のヒントを探ります。
異分野から学ぶ、組織力強化の視点
オーストラリアの芸術大学におけるミュージカル俳優の養成課程に関する情報に、我々製造業に携わる者にとって興味深い記述がありました。それは、学生がパフォーマーとしての技能だけでなく、「プロダクションマネジメントスキル」を学ぶという点です。全く異なる分野の取り組みではありますが、ここから製造現場における人材育成や生産管理のあり方を捉え直すヒントを見出すことができます。
舞台における『プロダクションマネジメント』とは
舞台芸術におけるプロダクションマネジメントは、一つの公演を成功に導くための総合的な管理技術を指します。脚本、演出、俳優、音響、照明、衣装、舞台装置といった多様な専門要素を、限られた予算と時間の中で統合し、初日の幕開けという納期までに最高の品質で完成させるプロセスです。これは、設計、資材調達、加工、組立、検査といった各工程を連携させ、定められたQCD(品質・コスト・納期)で製品を市場に送り出す、製造業の生産管理やプロジェクトマネジメントと本質的に同じ構造を持っています。
特に、個々の専門家の能力を最大限に引き出しつつ、全体として調和の取れた一つの「作品(製品)」に仕上げる手腕は、部門間の連携が課題となりがちな工場運営において、大いに参考になる視点と言えるでしょう。
『多才なパフォーマー』と製造現場の多能工
元記事では、学生を「多才なパフォーマー(versatile performers)」に育てることが目標として掲げられています。ミュージカル俳優は、歌唱、ダンス、演技という複数の高度な専門技能を、一つの身体で体現することが求められます。これは、製造現場における多能工(マルチスキルワーカー)の育成と通じるものがあります。
単に複数の機械を操作できるというだけでなく、それぞれの工程の勘所を理解し、前後の工程とのつながりを意識しながら作業できる人材は、生産ラインの柔軟性を高め、突発的なトラブルにも強い現場を構築する上で不可欠です。複数の技能を高いレベルで統合し、付加価値を生み出すという点で、舞台上のパフォーマーと熟練の多能工には共通点があるのではないでしょうか。
『舞台に立つ準備』が意味するもの
また、「舞台に立つ準備ができている(stage ready)」という言葉も示唆に富んでいます。これは、単に知識や技術を習得した状態ではなく、いついかなる状況でも安定して能力を発揮できる実践力を備えていることを意味します。製造現場で言えば、マニュアル通りの定常作業だけでなく、予期せぬ設備の不調や品質の異常といった非定常時にも、冷静かつ的確に判断・対処できる「現場力」に他なりません。
日々の訓練やOJTが、いかに本番の生産活動に即した内容になっているか。形骸化した教育になっていないか。この「stage ready」という基準に照らして、自社の教育訓練体系を見直してみることも有益でしょう。
持続可能なキャリアと組織の発展
最後に、コースが「キャリアを維持するために必要なスキル(skills needed to sustain a career)」の習得も目指している点に注目します。変化の激しい舞台芸術の世界で長く活躍するためには、専門技能の深化だけでなく、新しい役柄や演出に適応する学習能力、周囲と協働するコミュニケーション能力が不可欠です。これは、技術革新のスピードが速い現代の製造業の技術者・技能者にとっても全く同じことが言えます。
企業が従業員に対し、目先の業務に必要なスキルだけでなく、長期的な視点でキャリアを構築し、学び続けられる機会や環境を提供すること。それが個人の成長を促し、ひいては組織全体の技術力と変化対応力を高め、持続的な発展につながっていくのではないでしょうか。
日本の製造業への示唆
今回の考察から、日本の製造業が得られる示唆を以下に整理します。
- 生産管理の再認識: 生産管理は、単なる数値やスケジュールの管理ではなく、多様な専門性を持つ人材や部門を束ね、一つの目標に向かわせる総合的な調整能力、いわば「演出家」や「舞台監督」のような視点が重要となります。
- 多能工育成の深化: 多能工の育成目標を、「複数作業の担当」から、複数の専門技能を融合させて新たな価値を生み出す「多才な人材」へと引き上げることが、現場の柔軟性と問題解決能力を向上させます。
- 実践を重視した教育訓練: 研修やOJTが「本番の舞台」で通用するものになっているか、常に問い直す必要があります。非定常時を想定した訓練など、より実践的な教育プログラムの構築が求められます。
- 技術者のキャリア形成支援: 従業員が自律的に学び、成長し続けられる文化と制度を整備することが、企業の持続的な競争力の源泉となります。個人のキャリアプランと会社の成長戦略を同期させることが肝要です。


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