ドイツのデュースブルク・エッセン大学生産管理研究室の動向は、インダストリー4.0を牽引する同国の産学連携の活発さを示唆しています。本稿では、その背景にあるデジタル技術と融合したインダストリアル・エンジニアリング(IE)の進化について考察し、日本の製造業が採り入れるべき視点を探ります。
ドイツにおける生産管理研究の現在地
先日、ドイツの著名な研究機関であるデュースブルク・エッセン大学のユッタ・ゲルデルマン教授が率いる経営学・生産管理講座から、インダストリアル・エンジニアリング(IE)に関する情報発信がありました。インダストリー4.0を国家戦略として推進するドイツでは、大学や研究機関が製造業の競争力強化に直結する研究開発を担い、企業との連携も非常に活発です。こうした学術機関の動向は、生産管理の分野が今、どのような方向に向かっているのかを知る上で、貴重な羅針盤となります。
伝統的IEからデータ駆動型IEへの進化
インダストリアル・エンジニアリング(IE)は、もともと作業時間や動作の分析を通じて、生産プロセスの無駄をなくし、効率を最大化する手法として発展してきました。日本の製造現場でも、IEの手法は「カイゼン」活動の科学的な裏付けとして広く活用されてきた歴史があります。しかし、今日のIEは、その様相を大きく変えつつあります。IoTセンサーから得られる膨大なリアルタイムデータ、AIによる高度な分析や予測、デジタルツインを用いたシミュレーションといった技術が、伝統的なIE手法と融合し始めているのです。例えば、かつてストップウォッチと観察で行っていた稼働分析は、設備の稼働データを自動収集・可視化することで、より精密かつ継続的に行えるようになりました。作業者の動線分析も、画像解析技術などを用いて定量的に把握し、レイアウト改善や安全確保に活かす試みが進んでいます。
多角的な視点での「最適化」
現代の生産管理における「最適化」は、単に生産性やコストだけを追求するものではなくなっています。特に欧州では、環境負荷や資源効率といったサステナビリティ(持続可能性)への配慮が、企業の競争力を左右する重要な要素と認識されています。ゲルデルマン教授の研究領域も、生産計画における多基準での意思決定支援や、サプライチェーン全体での環境影響評価などを含んでおり、時代の要請を色濃く反映しています。日本の製造業においても、エネルギー消費量の削減や廃棄物の再資源化といった課題は年々重要性を増しています。生産活動のデータを多角的に分析し、生産効率と環境配慮を両立させるような、高度な意思決定を下すことが工場運営に求められているといえるでしょう。
日本の現場力とデジタル技術の融合
ドイツで進む体系的・デジタルなアプローチは、日本の製造業にとって多くの示唆を与えてくれます。しかし、これをそのまま導入するのではなく、日本の強みである「現場の知恵」や、ボトムアップの「カイゼン」文化と、いかにして融合させるかが重要です。例えば、現場のベテランが持つ暗黙知をデータによって形式知化し、若手への技術伝承に役立てる。あるいは、現場主導のカイゼン活動で生まれた改善案の効果を、シミュレーションで事前に検証し、より確実な打ち手として展開する。このように、デジタルツールを現場の能力を拡張するための「道具」として位置づけることで、日本ならではの競争力ある生産システムを構築できるのではないでしょうか。
日本の製造業への示唆
今回のドイツの研究機関の動向から、日本の製造業が実務において考慮すべき点を以下に整理します。
1. 伝統的IE手法の再評価とデジタル化:
これまで培ってきたIEの知識や手法を、現代のデジタル技術でいかに高度化できるかを検討する視点が重要です。まずは特定のラインや工程で、センサー導入やデータ可視化といったスモールスタートから着手することも有効な一手です。
2. データ活用の目的の多角化:
収集した生産データを、生産性の向上(P)や品質(Q)、コスト(C)、納期(D)の改善に使うだけでなく、環境(E)や安全(S)といった、より広い視点での工場運営の最適化に活用していくことが求められます。これは、企業の社会的責任や持続可能性への貢献にも直結します。
3. 産学連携による知見の獲得:
AIやシミュレーションといった先端技術を自社単独で開発・導入するには限界があります。地域の大学や公設試験研究機関などが持つ専門的な知見や技術シーズを活用し、共同研究や技術相談を通じて、自社の課題解決に繋げることも有効な選択肢です。
4. 人材育成のアップデート:
これからの現場リーダーや技術者には、従来の生産管理の知識に加え、データを正しく読み解き、改善に繋げる能力が不可欠となります。現場作業者へのデータリテラシー教育や、データサイエンティストのような専門人材の育成・確保が、企業の長期的な競争力を支える基盤となるでしょう。


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