米国の化学・電気素材大手である3M社が、以前より計画していたPFAS(有機フッ素化合物)の製造から完全に撤退したことが報じられました。この決定は、世界的に厳格化する化学物質規制と企業の社会的責任を象徴するものであり、日本の製造業にとってもサプライチェーンや製品開発における重要な課題を提示しています。
背景:世界的な規制強化と訴訟リスクへの対応
3M社は2022年12月、2025年末までにPFASの製造から完全に撤退する計画を発表していました。この度の製造停止は、その計画を実行に移したものです。この決定の背景には、「永遠の化学物質(forever chemicals)」とも呼ばれるPFASの環境中での高い残留性や、人体への健康影響に対する懸念が世界的に高まっていることがあります。欧米を中心に規制が急速に強化され、広範な環境汚染を巡る訴訟が世界中で提起されたことが、同社に事業からの撤退という大きな経営判断を促したと考えられます。製造業において有用な特性を持つ化学物質であっても、環境や安全に関する社会的な要請が事業継続のリスクに直結する、という厳しい現実を示す事例と言えるでしょう。
PFASと日本の製造業の関わり
PFAS(ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)は、撥水性、撥油性、耐熱性、化学的安定性といった優れた特性を持つため、多岐にわたる工業製品に利用されてきました。日本の製造業においても、半導体の製造プロセス(エッチング液や洗浄剤など)、自動車部品のコーティング、フッ素樹脂(PTFEなど)の原料、消火剤、繊維製品の撥水加工など、その用途は非常に広範です。特に、高い品質と信頼性が求められる先端分野では、PFASのユニークな特性に依存してきた側面は否定できません。それゆえ、主要なサプライヤーである3M社の製造停止は、これらの部材や薬品を調達してきた企業にとって、直接的な影響を及ぼす可能性があります。
サプライチェーンの再点検と代替技術への移行
今回の3M社の動きは、自社のサプライチェーンにおける化学物質管理の重要性を改めて浮き彫りにしました。自社製品に使用されている部品や材料に、PFASが含まれていないか。含まれている場合、その供給元はどこで、供給継続性に問題はないか。こうした確認作業は、調達部門や品質管理部門にとって喫緊の課題となります。すでに多くの企業では、PFASフリーの代替材料や代替技術への移行が進められています。しかし、代替品が要求される性能(特に耐熱性や耐久性)を完全に満たせなかったり、コストが上昇したりと、品質や採算性の面で課題が残るケースも少なくありません。性能評価や信頼性試験を慎重に進めながら、サプライヤーと密に連携し、計画的に移行を進めていく実務的な対応が求められます。一朝一夕には進まない、地道な技術的検証の積み重ねが不可欠です。
日本の製造業への示唆
今回の3M社の決定は、対岸の火事としてではなく、自社の事業戦略やリスク管理に直結する問題として捉える必要があります。以下に、日本の製造業が考慮すべき実務的な示唆を整理します。
1. グローバルな化学物質規制動向の継続的な監視
PFASに対する規制は、欧州のREACH規則や米国の環境保護庁(EPA)の動きに代表されるように、今後も世界的に強化されることが予想されます。自社が使用する化学物質について、国際的な規制の動向を常に把握し、将来のリスクを予測する体制を構築することが重要です。これは法規制対応という受け身の姿勢に留まらず、事業継続計画(BCP)の一環として能動的に取り組むべき経営課題です。
2. サプライチェーンの透明性向上とリスク評価
自社の製品に使われる部材や化学物質が、サプライチェーンのどの段階で誰によって製造されているかを正確に把握する「サプライチェーン・マッピング」の重要性が増しています。特定の物質や特定のサプライヤーへの依存度を評価し、供給途絶リスクを洗い出す必要があります。その上で、代替サプライヤーの確保や代替材料の評価を平時から進めておくことが、有事の際の迅速な対応を可能にします。
3. 環境対応を競争力につなげる技術開発
規制強化はコスト増や制約と捉えられがちですが、見方を変えれば、環境配慮型の代替技術や新素材を開発する大きな機会でもあります。PFASフリーでありながら同等以上の性能を持つ製品を他社に先駆けて市場に投入できれば、それは新たな競争優位性となります。研究開発部門においては、短期的な課題解決だけでなく、サステナビリティを軸とした長期的な技術戦略を描くことが求められます。
4. 経営層による能動的な意思決定
化学物質管理や環境対応は、もはや現場の一部門だけの問題ではありません。3M社の事例が示すように、事業ポートフォリオそのものを見直す経営判断につながる可能性があります。自社の事業が将来にわたって社会から受け入れられ、持続可能であるかという視点から、経営層がリーダーシップを発揮し、必要な投資や事業転換の判断を早期に行うことが不可欠です。


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