米国医療機器訴訟に学ぶ、連邦法による「専占」と製造物責任リスク

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米イリノイ州で起きた医療機器の製造物責任訴訟は、連邦法が州法に優先する「専占」という法理が争点となりました。この事例は、特に米国市場で事業を展開する日本の製造業にとって、製品開発から販売に至るまでの法的リスク管理の重要性を示唆しています。

事件の概要:頸椎医療機器をめぐる製造物責任訴訟

米国イリノイ州の連邦地方裁判所において、患者が頸椎(首の骨)に使用される医療機器の設計および製造上の欠陥によって損害を被ったとして、製造業者および販売業者を相手取り訴訟を提起しました。しかし、裁判所は患者側の主張の大部分を退ける判断を下しました。この判決の背景には、米国の法律に特有の「連邦法による専占(Federal Preemption)」という考え方が存在します。

判決の鍵となった「連邦法による専占」とは

「専占(せんせん)」とは、ある特定の分野において、連邦政府が定めた法律(連邦法)が、各州が定める法律(州法)に優先し、州法の適用を排除するという法理です。米国では連邦と州がそれぞれ立法権を持っていますが、両者の間に矛盾が生じる場合や、連邦政府が全国一律の規制を意図している分野では、連邦法が優位に立ちます。

特に、医療機器の分野では、FDA(米国食品医薬品局)が国民の生命と健康を守るために、製品の市販前に極めて厳格な審査と承認プロセスを課しています。今回の訴訟の対象となったような高度な医療機器は、多くの場合、この連邦法の規制下で承認されています。裁判所は、FDAという連邦機関が定めた厳格な安全基準や要件を満たして市場に出された製品に対し、州法に基づいて独自の基準で欠陥があると主張することは、連邦法が構築した規制体系を損なうものと判断したと考えられます。つまり、「国の定めた基準をクリアしている以上、州独自の基準でその責任を問うことはできない」という論理が適用されたのです。

製造業における法規制対応の複雑性と重要性

この事例は、海外、特に米国のような連邦国家で事業を行う製造業にとって、法規制対応の複雑さを示しています。単に高品質な製品を製造するだけでなく、事業を展開する国の法体系、特に連邦法と州法の関係性を深く理解しておくことが、予期せぬ訴訟リスクを回避する上で不可欠です。

FDAの市販前承認(PMA)などを取得することは、製品の安全性を公的に証明するだけでなく、今回のような訴訟において、州法に基づくクレームに対する強力な防御策、いわば法的な「盾」として機能する側面があります。しかし、これは決して万能の免罪符ではありません。例えば、FDAに承認された設計仕様や製造プロセスから逸脱して製造した場合や、規制当局に対して安全性に関する情報を適切に報告しなかった場合など、連邦法の規制自体に違反していれば、この「専占」による保護は適用されず、厳しい責任を問われることになります。

日本の製造業への示唆

今回の事例から、日本の製造業、特に医療機器や自動車部品、航空宇宙関連など、厳格な規制下にある製品をグローバルに供給する企業が得られるべき教訓は以下の通りです。

1. 現地法規制の深い理解と専門家の活用
製品を輸出・販売する国の法規制、特に米国における連邦法と州法の関係性を正確に把握することが極めて重要です。法務部門だけでなく、設計、品質保証、製造といった関連部門も、自社製品がどのような法的枠組みの中で管理されているかを理解する必要があります。必要に応じて、現地の法律専門家と連携し、常に最新の情報を得られる体制を構築することが求められます。

2. 規制当局の承認プロセス遵守の徹底
FDAなどの規制当局による承認プロセスを厳格に遵守することは、事業の前提条件であると同時に、法的なリスクヘッジにも繋がります。承認申請の際に提出した設計仕様、製造工程、品質管理基準などを、いかなる場合も遵守し、その全ての活動を文書で記録・管理することが、万一の訴訟の際に自社を守るための重要な証拠となります。

3. 設計・製造プロセスの一貫性と変更管理
承認内容からの逸脱は、たとえ軽微な変更であっても法的な保護を失うリスクを伴います。製造工程や部品の変更を行う際には、定められた変更管理プロセスに従い、必要であれば再度当局の承認を得る手続きを怠ってはなりません。設計から製造、出荷に至るまで、一貫したトレーサビリティを確保する体制が不可欠です。

4. サプライチェーン全体でのコンプライアンス意識の共有
訴訟は製造業者だけでなく、販売業者にも及びます。自社だけでなく、部品を供給するサプライヤーから、製品を販売する代理店に至るまで、サプライチェーン全体で法規制や品質基準に関する情報を共有し、それぞれの責任範囲を契約等で明確にしておくことが、リスクの分散と管理に繋がります。

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