自動車や電子部品に不可欠なナイロン66(ポリアミド66)の主原料である、ヘキサメチレンジアミン(HMDA)の価格動向が注目されています。市場の回復は、川下の需要動向と供給側の生産管理に大きく依存しており、今後の調達戦略を考える上で重要な示唆を与えています。
はじめに:ヘキサメチレンジアミン(HMDA)とは
ヘキサメチレンジアミン(HMDA)は、アジピン酸と共にポリアミド66、一般に「ナイロン66」として知られる高性能エンジニアリングプラスチックを製造するための主要なモノマー(原料)です。ナイロン66は、その優れた機械的強度、耐熱性、耐薬品性から、自動車のエンジン周辺部品やコネクタ、電子機器の筐体、さらには産業用の強力な繊維など、日本の製造業が強みとする多くの製品に不可欠な素材です。したがって、HMDAの価格と供給の安定性は、我々の製品のコスト競争力と生産計画に直接的な影響を及ぼします。
価格変動の2つの主要因
海外のレポートでは、HMDA市場の回復は「川下需要の正常化」と「規律ある生産管理」の2点にかかっていると指摘されています。これは、需要と供給の両面から市場を注意深く観察する必要があることを意味します。現場の実務者としても、この2つの視点は非常に重要です。
第一に「川下需要の正常化」です。HMDAの最大の用途であるナイロン66の需要は、自動車産業の生産動向に大きく左右されます。世界的な半導体不足からの回復ペースや、電気自動車(EV)へのシフトに伴う部品構成の変化などが、需要の変動要因となります。また、家電や産業機械といった他の用途の景気動向も無視できません。これらの最終製品市場の動向を注視することが、原料需要を予測する上での第一歩となります。
第二に「規律ある生産管理」です。これは供給側の論理であり、HMDAを製造する化学メーカーの生産状況を指します。HMDAの生産は大規模な化学プラントで行われるため、計画外の設備トラブルや定期メンテナンスの遅延は、市場の供給量を大きく変動させ、価格高騰の引き金となり得ます。過去にも、特定メーカーのプラント停止が世界的な供給不安を招いた例がありました。各メーカーが安定供給と市況のバランスをどのように取るか、その生産姿勢が価格の安定性を左右する重要な要素となります。
今後の見通しとサプライチェーンへの影響
短期的には、需要と供給のバランスが不安定な状況が続く可能性があります。自動車生産の回復期待がある一方で、世界的な景気後退懸念もあり、需要の先行きは不透明です。供給側も、地政学リスクやエネルギーコストの高騰といった課題を抱えており、安定稼働を維持するためのプレッシャーは大きいと考えられます。このような状況下では、スポット価格が乱高下する可能性も否定できません。
我々製造業の立場からは、原料の価格動向だけでなく、その背景にあるサプライチェーン全体を俯瞰することが求められます。HMDAのさらに上流にある原料(アジポニトリルなど)の供給動向や、主要生産地域の政治・経済情勢にも目を配る必要があります。
日本の製造業への示唆
今回のHMDAの価格動向は、我々日本の製造業に対して、改めて以下の点を問いかけています。
1. 調達戦略の再評価
特定のサプライヤーや地域に依存した調達体制のリスクを再認識し、供給ソースの多様化(マルチサプライヤー化、複数地域からの調達)を検討することが重要です。また、長期契約とスポット購入のバランスを見直すなど、価格変動に対する耐性を高める戦略が求められます。
2. サプライチェーン全体の可視化
自社が使用する材料だけでなく、その原料(ティア2、ティア3)の生産状況や市況についても情報を収集し、サプライチェーン全体のリスクを把握する体制を強化する必要があります。商社や原料メーカーとの定期的な情報交換は、これまで以上に重要になるでしょう。
3. 技術開発によるリスクヘッジ
長期的視点では、ナイロン66の代替材料(PBT、ナイロン6、高性能ポリプロピレンなど)の評価や、それらを使用するための設計変更、技術開発を進めることも有効なリスクヘッジとなります。また、サステナビリティの観点から、植物由来の原料を用いたバイオナイロンなどの新素材への関心も高まっており、こうした技術動向を注視することも不可欠です。
原材料の市況は、我々の努力だけではコントロールできません。しかし、その変動を的確に予測し、柔軟に対応できる体制を構築することは可能です。今回のHMDAの動向を一つの契機として、自社のサプライチェーンの強靭化について、改めて議論する良い機会ではないでしょうか。


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