スイスの製薬大手ロシュ傘下のジェネンテック社が、米国ノースカロライナ州で建設中の製造拠点へ大規模な追加投資を行うことを発表しました。この動きは、単なる生産能力の増強に留まらず、地政学リスクの高まりを背景としたグローバル・サプライチェーン戦略の重要な変化を示唆しています。
大規模投資の概要
ジェネンテック社は、ノースカロライナ州ホリースプリングスに建設中の最新鋭バイオ医薬品製造施設への投資を、当初計画から倍増以上となる総額12億5000万ドル(約1800億円超)規模に引き上げることを明らかにしました。この工場は、抗体医薬をはじめとする高度なタンパク質ベースの医薬品製造を担う拠点として計画されています。今回の追加投資は、将来の製品ポートフォリオの需要増に対応するとともに、米国内での安定的な生産・供給体制を盤石にすることを目的としています。
投資の背景にある戦略的意図
この大規模投資の背景には、近年の地政学的な緊張の高まりや、パンデミックの経験から学んだ教訓があります。これまで製造業、特に医薬品業界では、コスト効率を最優先にグローバルで最適な生産拠点を配置する戦略が主流でした。しかし、特定の地域への依存は、国際紛争や感染症拡大といった不測の事態が発生した際に、サプライチェーンの脆弱性として露呈しました。
今回のジェネンテック社の決定は、こうしたリスクを考慮し、重要な医薬品を消費地である米国内で確実に生産する能力を確保する、「サプライチェーンの強靭化(レジリエンス)」を重視した戦略的判断と見ることができます。これは、経済安全保障の観点から重要物資の国内生産を促す「リショアリング(生産拠点の国内回帰)」や「フレンドショアリング(同盟国・友好国内での供給網構築)」といった世界的な潮流とも合致する動きです。
日本の製造業から見た視点
この動きは、バイオ医薬品という特定分野に限った話ではありません。半導体や電気自動車(EV)用バッテリー、その他戦略的に重要な部材など、様々な業界で同様の傾向が見られます。我々日本の製造業においても、海外に生産拠点を構える企業は少なくありませんが、改めて自社のサプライチェーンのリスク評価を見直す時期に来ていると言えるでしょう。
もちろん、全ての生産を国内に戻すことは現実的ではありません。しかし、どの製品群や工程を国内に残すべきか、あるいは有事の際に代替生産が可能な体制をどう構築しておくか、といった事業継続計画(BCP)の視点が、これまで以上に経営の重要課題となっています。また、ジェネンテック社が投資するような最新鋭の工場は、単なる増産だけでなく、自動化やデジタル技術を駆使したスマートファクトリー化により、品質の安定と生産性の向上を両立させる狙いもあります。これは、労働人口の減少という課題を抱える日本の工場運営においても、大いに参考となる視点です。
日本の製造業への示唆
今回のジェネンテック社の事例から、日本の製造業が実務レベルで検討すべき点は以下の通りです。
1. サプライチェーン戦略の再評価
コスト効率一辺倒ではなく、地政学リスクや災害リスクを織り込んだ生産拠点の最適配置を再検討することが求められます。特に、基幹部品や最終製品の供給が特定の国・地域に集中している場合は、リスク分散の観点から代替調達先や生産拠点の確保を具体的に検討すべきでしょう。
2. 国内生産拠点の価値の再認識
安定供給、技術・ノウハウの国内保持、そして緊急時の対応力という観点から、国内工場の戦略的価値を再評価する必要があります。単純なコスト比較だけでなく、サプライチェーン全体の強靭性を高めるための「戦略的コスト」として、国内への設備投資を捉える視点が重要になります。
3. 将来を見据えた戦略的設備投資
今回の投資は、単なる拠点確保に留まらず、最新技術を導入した次世代工場への投資です。人手不足が深刻化する日本においては、自動化・省人化技術や、データ活用による品質・生産性向上を実現するスマートファクトリー化への投資は、将来の競争力を維持・強化するための不可欠な要素と言えます。


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