米国司法省は、ニュージャージー州に拠点を置く製造会社が、コロナ禍における給与保護プログラム(PPP)ローンの不正疑惑について、米国政府と和解したことを発表しました。この事例は、公的支援制度を利用する際の申請内容の正確性と、企業コンプライアンスの重要性を改めて問いかけるものです。
事件の概要
米国司法省の発表によれば、ニュージャージー州フェアフィールドに事業所を置く製造会社が、米国政府との間で58,160ドルの和解契約を締結しました。これは、同社が2020年4月に申請・受給した給与保護プログラム(PPP)ローンに関して、米国の虚偽請求取締法(False Claims Act)に違反した疑いに対するものです。和解金には、元々の融資額である29,080ドルに加え、同額の損害賠償金が含まれています。
焦点となった「融資の必要性」の証明
給与保護プログラム(PPP)は、新型コロナウイルスのパンデミックによる経済的打撃を受けた中小企業の雇用維持を支援するために設立された制度です。融資を申請する企業は、「現在の経済の不確実性を鑑み、この融資要請は事業の継続的な運営を支えるために必要である」という点を宣誓・証明(certify)する必要がありました。
しかし、米国政府の調査によれば、この製造会社は融資申請のわずか数日前に、親会社から数百万ドル規模の融資枠(ライン・オブ・クレジット)を確保していました。つまり、PPPローンに頼らずとも事業を継続できる資金調達の手段があったにもかかわらず、「融資の必要性」を証明して公的支援を受けたことが問題視されたのです。これは単なる書類上のミスではなく、申請の根拠そのものの妥当性が問われたケースと言えます。
背景にある米国の虚偽請求取締法
今回の和解の根拠となった虚偽請求取締法(False Claims Act)は、政府に対する不正な請求行為に厳しい罰則を科す米国の連邦法です。意図的な不正が認定された場合、実際に受け取った額の3倍の賠償金が課される可能性もあります。今回の和解は、同社が法的な責任を認めたものではないとされていますが、この強力な法律の存在が、早期の和解判断に影響した可能性も考えられます。米国で事業を展開する日本企業にとっても、こうした法制度の存在は常に意識しておくべきリスク管理上の重要事項です。
日本の製造業への示唆
今回の事例は、国は違えど、公的支援制度を利用するすべての企業にとって重要な教訓を含んでいます。日本の製造業においても、以下の点を改めて確認することが求められます。
1. 公的支援における「宣誓・証明」の重み
補助金や助成金の申請書類にある「宣誓」「証明」といった項目は、単なる形式的なものではなく、法的な意味合いを持つものです。その内容を十分に理解せず安易に署名・捺印することは、将来的に大きなリスクとなり得ます。申請内容が事実に即しているか、組織として慎重に確認するプロセスが不可欠です。
2. グループ全体での資金状況の勘案
特に、複数の拠点や子会社を持つ企業グループの場合、個別の事業所や子会社の判断だけで公的支援を申請する際には注意が必要です。親会社や関連会社からの支援余力があるにもかかわらず、外部の公的支援を利用した場合、その「必要性」が問われる可能性があります。グループ全体の資金状況やガバナンス方針に基づいた判断が求められます。
3. 意思決定プロセスの記録・保管
なぜその公的支援が必要だったのか、当時の経営判断の根拠となる資料(資金繰り予測、キャッシュフロー計算書、取締役会の議事録など)を客観的な証拠として記録し、適切に保管しておくことが重要です。万が一、将来的に調査の対象となった場合、これらの記録が自社の正当性を主張するための重要な防御策となります。
4. 海外拠点における法規制遵守(ガバナンス)
海外で事業を展開する企業にとって、現地の法規制や商慣行を正確に理解し、遵守する体制の構築は経営の根幹です。特に米国のように、内部告発制度が機能し、法執行が厳しい国では、現地の専門家を交えながらコンプライアンス体制を常に最新の状態に保つ努力が欠かせません。


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