グローバルな環境変化が常態化する中、製造業の生産管理は大きな転換点を迎えています。本稿では「サプライチェーンの移行」「生産システムのレジリエンス」「産業戦略」という3つのキーワードを軸に、これからの日本の製造業が目指すべき方向性を考察します。
サプライチェーンの移行:最適化から頑健性へ
これまで多くの製造業では、コストを最小化するためのグローバルなサプライチェーン最適化と、ジャスト・イン・タイム(JIT)に代表されるリーンな在庫管理が追求されてきました。しかし、近年のパンデミックや地政学リスクの増大は、こうした効率偏重のサプライチェーンが特定のリスクに対して脆弱であることを露呈させました。
現在求められている「サプライチェーンの移行」とは、単に調達先を多様化するだけでなく、より複合的な視点での再構築を意味します。具体的には、複数国・複数社からの調達を組み合わせたリスク分散、デジタル技術を活用したサプライチェーン全体の可視化、そして国内回帰や近隣国での生産(ニアショアリング)といった動きが挙げられます。日本の製造業にとっては、長年培ってきた系列内の緊密な連携という強みを活かしつつも、外部環境の変化に柔軟に対応できる、よりオープンで頑健なネットワークをいかに構築するかが重要な経営課題となっています。
生産システムのレジリエンス:変化に適応する現場力
レジリエンスとは、日本語で「回復力」や「しなやかさ」と訳されますが、製造現場においては、予期せぬ混乱が発生した際に迅速に復旧する能力、さらには変化に適応し事業を継続する能力そのものを指します。これは、単に設備が壊れない、止まらないといった次元の話ではありません。
生産システムのレジリエンスを高めるためには、例えば、特定の製品に特化した専用ラインだけでなく、複数の製品を柔軟に生産できるモジュール化されたラインの導入や、一人の作業者が複数の工程を担当できる多能工化の推進が有効です。また、IoTやAIを活用した予知保全によるダウンタイムの極小化や、シミュレーションを通じて事前にリスクを洗い出すデジタルツインの活用も現実的な選択肢となっています。日本の製造現場が誇る「カイゼン」活動は、変化に対応する基礎体力として非常に重要ですが、今後はそれに加え、戦略的にある程度の「冗長性」や「遊び」を持たせるという、従来とは異なる発想も必要になるでしょう。
産業戦略:個社の努力を超えたエコシステムの構築
サプライチェーンや生産システムの強靭化は、一社の努力だけでは限界があります。そこで重要となるのが、よりマクロな視点である「産業戦略」です。これは、個々の企業活動を、国や業界全体の大きな方向性と連携させる考え方です。
例えば、半導体や蓄電池といった国家安全保障にも関わる戦略物資の国内生産基盤の強化や、業界横断でデータを連携・活用するための標準プラットフォームの構築などが挙げられます。こうした動きは、国からの支援や業界団体主導で進められることが多いですが、各企業も無関係ではいられません。自社の事業戦略を国の産業政策とどう連携させるか、また、競合他社とも協調して業界全体の競争力を高める「協創」の視点を持つことが、これからの経営層には求められます。現場レベルでも、業界標準の技術動向を常に注視し、自社のプロセスに取り込んでいく姿勢が不可欠です。個社の閉じた改善活動から、業界全体のエコシステムの一員としての活動へと視野を広げることが重要になります。
日本の製造業への示唆
本稿で考察した3つのキーワードは、それぞれが独立しているのではなく、相互に深く関連しています。日本の製造業に携わる我々にとって、実務上、以下の点が重要になると考えられます。
- サプライチェーンの再評価と多層的防御:コスト一辺倒の評価軸を見直し、供給の安定性や地政学リスクを評価項目に加えることが急務です。特定のサプライヤーや地域への依存度を客観的に評価し、代替調達先の確保や在庫の戦略的配置など、多層的な防御策を講じる必要があります。
- 効率と柔軟性の両立:従来のリーン生産方式の強みを維持しつつも、予期せぬ需要変動や供給途絶に対応できる「しなやかさ」を生産システムに組み込む必要があります。デジタル技術の活用は、この二律背反に見える課題を解決する鍵となります。
- マクロな視点での自社戦略の見直し:自社の強みや技術が、国の産業戦略や業界の大きな潮流の中でどのような役割を果たせるのかを常に意識することが重要です。補助金や規制緩和などの政策を戦略的に活用するとともに、業界内での連携や標準化活動へも積極的に関与していく姿勢が求められます。
不確実性の時代において、変化を脅威としてだけ捉えるのではなく、自社の生産体制や事業構造を見直す好機と捉え、着実に行動していくことが、持続的な成長の礎となるでしょう。


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