スイスの製薬大手ノバルティスが、米国での生産能力拡大を急いでいます。これは、近年高まる貿易摩擦や関税といった地政学リスクから自社のサプライチェーンを守るための戦略的な動きであり、日本の多くの製造業にとっても示唆に富む事例と言えるでしょう。
巨額投資で進める「地産地消」
スイスに本拠を置く世界的な製薬企業ノバルティスのCEOは、同社が進める米国での製造拠点拡大が、将来の関税リスクに対する防衛策になるという見解を示しました。同社は昨年、230億ドル(日本円にして3兆円を超える規模)もの巨額な製造関連投資を発表しており、そのプロジェクトが着実に進行していることを明らかにしています。この動きは、グローバルに展開するサプライチェーンの脆弱性が顕在化する中で、重要な市場である米国での生産能力を確保し、供給の安定化を図る狙いがあると考えられます。
サプライチェーン戦略の転換点
これまで多くの製造業は、コスト効率を最優先し、世界で最も安価に生産できる地域に拠点を集中させる「グローバル最適地生産」を追求してきました。しかし、米中間の貿易摩擦やパンデミックによる物流の混乱、さらには地政学的な緊張の高まりを受け、その前提は大きく揺らいでいます。特定の国や地域への過度な依存は、関税の賦課や輸出入規制、不測の事態が発生した際に、事業継続を脅かす大きなリスクとなります。ノバルティスの戦略は、こうしたリスクを回避するため、主要市場で製品を生産・供給する「地産地消」、あるいは「リージョン・フォー・リージョン(地域のための地域生産)」へと舵を切る動きの象徴と言えるでしょう。
医薬品から他業種へ広がる動き
医薬品は国民の生命や健康に直結するため、特に安定供給が求められる製品です。そのため、国家安全保障の観点からも、国内での生産能力を確保しようとする動きが各国で活発化しています。しかし、このサプライチェーンの見直しは、医薬品業界に限った話ではありません。半導体やバッテリー、あるいは自動車や機械部品といった基幹産業においても、生産拠点の分散化や国内回帰の動きが加速しています。コスト効率だけでなく、サプライチェーンの強靭性(レジリエンス)や供給の安定性が、企業の競争力を左右する重要な要素として認識され始めているのです。
日本の製造業への示唆
今回のノバルティスの事例は、日本の製造業にとっても重要な視点を提供しています。グローバルに事業を展開する企業は、自社のサプライチェーンに潜むリスクを改めて評価し直す必要があります。コスト一辺倒の評価軸から脱却し、地政学リスクや自然災害、物流網の途絶といった不確実性を考慮に入れた、より強靭な生産・供給体制の構築が求められています。これは、単なるリスク回避策ではなく、顧客への安定供給という責任を果たし、長期的な事業継続を可能にするための戦略的な投資と捉えるべきでしょう。自社の製品特性と主要市場を鑑み、生産拠点の最適配置を再検討する時期に来ていると言えます。


コメント