英国経済における製造業のシェアは、第二次大戦後から一貫して低下を続けています。その原因は一般にエネルギー価格の高騰などが挙げられがちですが、データは異なる事実を示唆しています。本記事では、英国の事例を基に、製造業の競争力を左右する複合的な要因を考察します。
英国製造業の長期的なシェア低下
近年、製造業を取り巻く環境は厳しさを増しており、特にエネルギー価格の高騰は多くの企業の収益を圧迫しています。こうした状況から、「エネルギーコストが製造業の国際競争力を削いでいる」という論調は、説得力を持って語られがちです。しかし、英国の事例を長期的な視点で見てみると、必ずしもそうとは言い切れない側面が浮かび上がってきます。
LinkedInで提示されたグラフは、英国経済全体に占める製造業の付加価値シェアの推移を示したものです。1950年代には35%を超えていたシェアは、その後一貫して低下し、現在では10%を下回る水準にまで落ち込んでいます。これは多くの先進国で見られる「脱工業化」の流れと軌を一にしていますが、注目すべきはその内実です。
エネルギー価格は「主犯」ではなかった
元記事の投稿者が指摘するように、英国製造業のシェアが最も急激に低下したのは、1970年代後半から1980年代にかけての時期でした。しかし、この時期は皮肉にも、北海油田の開発によって英国がエネルギーの純輸出国へと転じた時期と重なります。つまり、国内のエネルギー供給が安定し、輸出国としての恩恵を受けていたはずの時期に、製造業はむしろ最も大きな打撃を受けていたのです。
この事実は、「エネルギー価格の高騰が製造業を衰退させた」という単純な因果関係に疑問を投げかけます。もちろん、個々の企業の経営においてエネルギーコストが重要な要素であることは間違いありません。しかし、一国の産業構造を変化させるほどのマクロな変動は、より複雑で根深い要因によって引き起こされることを、このデータは示唆しています。
為替と産業構造がもたらした「オランダ病」
では、真の要因は何だったのでしょうか。この現象を説明する上で、経済学の用語である「オランダ病」が一つの参考になります。これは、天然資源の輸出が急増した国で、結果的に製造業が衰退してしまう現象を指します。
そのメカニズムは次のようなものです。まず、石油などの資源輸出によって莫大な外貨が流入し、自国通貨(この場合は英ポンド)に対する需要が高まります。これにより、為替レートは自国通貨高に振れます。通貨高は、輸入には有利に働く一方、輸出製品の価格競争力を著しく低下させます。その結果、国際市場で戦う製造業は大きな打撃を受けることになります。さらに、好調な資源セクターに資本や優秀な労働力が集中し、製造業から経営資源が流出することも、衰退に拍車をかけます。
当時の英国は、まさにこの「オランダ病」と類似した状況に陥っていたと考えられます。エネルギー価格そのものよりも、資源輸出がもたらしたポンド高というマクロ経済環境の変化が、製造業の競争力を構造的に蝕んでいった可能性が高いのです。
日本の製造業への示唆
この英国の事例は、資源に乏しい日本にとって無関係な話ではありません。むしろ、製造業の経営や工場運営に携わる我々にとって、多くの重要な教訓を含んでいます。
1. 問題の要因を多角的に捉える
企業の競争力低下や収益悪化に直面した際、エネルギー価格や人件費といった目先のコストだけに目を奪われてはいけません。為替レートの変動、金融政策、貿易環境、国内の産業構造の変化といった、自社ではコントロールが難しいマクロな要因が、より本質的な影響を及ぼしている可能性があります。自社の置かれた環境を、複合的な視点で冷静に分析することが不可欠です。
2. 為替変動への強靭な体質づくり
英国の事例は、為替がいかに製造業の命運を左右するかを物語っています。日本もまた、歴史的に円高局面で多くの輸出企業が苦しんできました。現在は円安が追い風となっている側面もありますが、この状況が永続する保証はありません。為替変動に一喜一憂するのではなく、生産拠点の最適化、サプライチェーンの多元化、そして何よりも価格競争に陥らない高付加価値な製品・技術開発を進め、為替の波に耐えうる強靭な事業構造を構築し続ける必要があります。
3. 産業構造の変化を先読みする
英国では資源セクターに、現代の多くの国ではITや金融セクターに、資本や人材が集中する傾向があります。国内の有望な産業にリソースがシフトすることは、国全体としては望ましい面もありますが、既存の製造業にとっては人材確保や投資獲得が難しくなるという側面も持ち合わせます。自社や自業界を取り巻く人材・資本の大きな流れを常に把握し、魅力ある職場環境の整備や、将来を見据えた技術開発への投資を怠らないことが重要です。
目の前の課題に追われる日常業務の中では、こうしたマクロな視点は忘れられがちです。しかし、長期的な企業の存続と発展を考える上で、歴史から学び、自社の事業環境を俯瞰的に捉える姿勢こそが、経営層から現場のリーダーまで、すべての製造業関係者に求められていると言えるでしょう。


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