中国のEVメーカーがカナダでの現地生産に関心を示しているとの報道がありました。これは米国の対中関税を回避し、北米市場へ本格参入するための戦略的な動きと考えられます。本稿では、この動向が日本の製造業、特に自動車関連サプライチェーンに与える影響を実務的な視点から考察します。
中国EVメーカーのカナダ進出の可能性
先日、元カナダ銀行総裁のマーク・カーニー氏が、中国の自動車メーカーがカナダ企業との提携を通じたEV(電気自動車)の現地生産に関心を示していると述べたことが報じられました。現時点では具体的な企業名や計画の詳細は明らかになっていませんが、この動きは今後の北米における自動車産業の勢力図を大きく変える可能性を秘めています。
なぜカナダが候補地となるのか
この動きの背景には、米国のバイデン政権が導入した中国製EVに対する高関税政策があると見られます。中国から米国へ直接EVを輸出した場合、極めて高い関税が課されるため、価格競争力を維持することが困難になります。そこで、多くの専門家が指摘するのが、USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の活用です。
USMCAの原産地規則を満たす形でカナダ国内で車両を生産すれば、関税上の優位性をもって米国市場にアクセスできる可能性があります。メキシコも同様の候補地となり得ますが、カナダにはEV生産に不可欠なリチウムやニッケルといった重要鉱物が豊富に存在し、また再生可能エネルギーによる電力供給が比較的容易であるという利点もあります。単なる最終組立工場としてだけでなく、バッテリー生産を含めたサプライチェーン全体を北米に構築しようという、より長期的で戦略的な意図が窺えます。
日本の製造業への影響
この動向は、我々日本の製造業、とりわけ北米市場に深く関わる自動車メーカーや部品サプライヤーにとって、決して看過できない変化をもたらす可能性があります。
第一に、北米市場における競争環境の激化です。中国メーカーが現地生産によって価格競争力を確保した場合、日本メーカーは品質やブランド力だけでなく、コスト面でも厳しい戦いを強いられることになるでしょう。すでに性能面でも評価を高めている中国製EVが、関税の足枷なく市場に投入されるインパクトは計り知れません。
第二に、サプライチェーンの再編です。中国メーカーがカナダに生産拠点を設ければ、当然ながら現地での部品調達(ローカルコンテンツ)を推進することになります。これは、これまで日本やアジアから北米拠点へ部品を供給してきた日本のサプライヤーにとっては、既存の取引が失われるリスクを意味します。一方で、現地の新工場に対して新たに部品を供給するビジネスチャンスが生まれる可能性も否定できません。特に、バッテリー関連部材や高度な電子部品、精密加工部品などを手掛ける企業にとっては、新たな事業機会の模索が求められます。
日本の製造業への示唆
今回の動向から、日本の製造業が考慮すべき要点と実務的な示唆を以下に整理します。
要点:
- 中国EVメーカーは、米国の関税障壁を回避し北米市場に参入するため、USMCA域内(特にカナダ)での生産を真剣に検討しています。
- これは単なる組み立てに留まらず、カナダの資源やエネルギーインフラを活用した、バッテリーを含む包括的なサプライチェーン構築を目指す長期戦略の可能性があります。
- 日本の自動車産業にとっては、北米市場での直接的な競合激化と、サプライチェーンの構造変化という二つの大きな課題を突きつけられることになります。
実務への示唆:
- 経営層・事業企画担当者: 北米市場における事業戦略の再評価が急務です。中国メーカーの現地生産と価格競争力を前提としたシナリオを複数想定し、自社の強みをどう活かすか、あるいは新たな提携やM&Aも視野に入れた戦略の見直しが求められます。
- サプライチェーン・調達担当者: 北米における部品供給網の脆弱性評価と強靭化が不可欠です。地政学リスクが顕在化する中で、特定地域への依存度を下げ、供給元の複線化や現地調達比率の見直しを具体的に進める必要があります。また、中国メーカーのサプライヤーとなる可能性も視野に入れた情報収集と関係構築も重要になります。
- 工場長・生産技術者: 北米の生産拠点では、これまで以上にコスト競争力と生産効率の向上が求められます。また、将来的に新たなサプライヤーとの取引が始まる可能性も踏まえ、品質管理プロセスの標準化や柔軟な生産ラインの構築といった備えが、現場レベルで重要となるでしょう。
この動きはまだ初期段階ですが、世界の自動車産業における構造変化の兆候です。我々日本の製造業としては、この変化を正確に捉え、先を見越した冷静かつ迅速な対応を準備していく必要があります。


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