かつて欧州経済の「安定の錨」と評されたドイツの製造業が、深刻な構造的課題に直面しています。エネルギーコストの高騰や国際競争環境の変化は、日本の製造業にとっても決して他人事ではありません。本稿では、ドイツの現状を分析し、我々が学ぶべき点を考察します。
かつての『安定の錨』、ドイツ製造業の現在地
ドイツ経済の屋台骨であり、高品質な製品で世界市場を牽引してきた製造業が、今、大きな岐路に立たされています。かつては金融危機や景気後退の局面においても、経済全体を下支えする「安定の錨(anchor of stability)」としての役割を果たしてきました。しかし、近年はその優位性が揺らぎ、多くの企業が厳しい状況に置かれているとの指摘が相次いでいます。
背景には、単一ではない、複数の根深い構造的要因が絡み合っています。これまで強みとされてきた事業モデルや国際分業のあり方が、地政学的な変化や技術革新の波によって、逆に弱点として露呈し始めているのです。
ドイツ製造業を揺るがす複合的要因
ドイツの製造業が直面する主な課題は、大きく分けて以下の4点に集約できると考えられます。
1. エネルギーコストの構造的な高止まり
ロシアからの安価な天然ガス供給に大きく依存してきたドイツの産業界は、ウクライナ侵攻以降、エネルギーコストの急騰という深刻な問題に直面しました。エネルギー多消費型である化学や金属といった基幹産業は大きな打撃を受け、生産拠点の国外移転を検討する動きも出ています。エネルギー価格が構造的に高い水準で推移することは、国際市場でのコスト競争力を根本から揺るがす要因となります。
2. 最大の輸出先、中国市場の変化
これまでドイツの自動車や機械産業にとって、中国は最大の輸出市場であり、成長の牽引役でした。しかし、中国経済の減速に加え、現地企業の技術力が急速に向上したことで、状況は一変しました。特に電気自動車(EV)の分野では、中国メーカーが市場を席巻し、ドイツの自動車メーカーは苦戦を強いられています。かつての「お得意様」が、今や強力な「競合相手」へと変貌したのです。
3. 自動車産業の構造転換への遅れ
ドイツ製造業の象徴である自動車産業は、EVシフトという百年に一度の大変革の波に乗り遅れているとの見方があります。長年培ってきた内燃機関(エンジン)の技術的優位性が足枷となり、ソフトウェアやバッテリーといった新しい領域への対応が後手に回っている側面は否めません。伝統的な強みへの固執が、結果として産業構造の転換を遅らせるリスクを示唆しています。
4. 国内の硬直的な事業環境
高い人件費、複雑な官僚主義、そしてデジタル化やインフラ整備の遅れといった国内の構造的な問題も、企業の競争力を削ぐ一因となっています。迅速な意思決定や柔軟な生産体制の構築が求められる現代において、こうした国内の事業環境が足かせとなっているのです。
日本の製造業への示唆
ドイツが直面している課題は、多くの点で日本の製造業が抱える課題と共通しています。ドイツの現状を他山の石とせず、自社の経営や現場運営を見直すための重要な示唆と捉えるべきでしょう。具体的には、以下の点が挙げられます。
エネルギー戦略の再構築
エネルギーを海外からの輸入に頼るという構造は、日本もドイツと同様です。地政学リスクを前提とし、サプライチェーン全体でのエネルギーコストの把握と管理を徹底するとともに、生産工程における徹底した省エネルギー化、再生可能エネルギーの導入を、コストではなく戦略的投資として捉え直す必要があります。
市場ポートフォリオの再点検
特定の国や地域への過度な依存は、大きな経営リスクとなり得ます。中国市場の重要性は依然として高いものの、その質的な変化を冷静に分析し、ASEANやインド、北米など、成長が期待される他の市場への展開を加速させ、バランスの取れた事業ポートフォリオを構築することが求められます。
事業変革のスピードアップ
自社のコア技術や既存の強みに安住することなく、デジタル化や電動化、サステナビリティといった不可逆的なメガトレンドに対し、より迅速かつ大胆に適応していく必要があります。自前主義にこだわらず、外部の知見や技術を積極的に取り入れるオープンイノベーションの姿勢も不可欠です。
サプライチェーンの強靭化(レジリエンス)
効率一辺倒で構築されたサプライチェーンの脆弱性が、コロナ禍や地政学リスクの増大によって明らかになりました。調達先の複線化や生産拠点の分散化など、不確実性の高い時代を生き抜くための、しなやかで強靭なサプライチェーンの再構築は、もはや待ったなしの経営課題と言えるでしょう。


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