米国において、バイオマスを利用して化学品や製品を製造する「バイオマニュファクチャリング(バイオ製造)」を国家的に支援する超党派の法案が提出されました。この動きは、サステナビリティや経済安全保障を背景としたものであり、日本の製造業のサプライチェーンや生産プロセスにも大きな影響を及ぼす可能性があります。
米国で『バイオ製造』推進法案が提出
米連邦議会において、ピート・リケッツ上院議員(共和党)とクリス・クーンズ上院議員(民主党)が中心となり、バイオ製造の技術革新と市場拡大を目的とした超党派法案が提出されました。この法案は、生物由来の資源を活用して化学品や素材、燃料などを生産する「バイオ製造」に取り組む企業や研究者を支援し、従来の化石資源に依存した製造業からの転換を加速させることを目指しています。
超党派での法案提出という事実は、この分野が党派を超えた国家的な重要課題として認識されていることを示唆します。背景には、環境負荷の低減だけでなく、国内の農業資源を活用することによるサプライチェーンの強靭化や、新たな産業競争力の獲得といった戦略的な狙いがあると考えられます。
そもそも『バイオ製造』とは何か
バイオ製造とは、微生物、酵素、細胞といった生物の機能を活用して、有用な物質を生産する技術や産業分野の総称です。日本の製造業においても、味噌や醤油などの発酵食品、あるいは医薬品の製造プロセスで古くから利用されてきた技術が、その基礎にあります。
近年の技術革新により、従来は石油化学プロセスで生産されていたプラスチック原料、繊維、燃料といった汎用的な化学品も、再生可能な植物資源(バイオマス)などを原料に、微生物などを用いて生産できるようになってきました。この手法は、高温・高圧を必要とする従来の化学合成に比べ、常温・常圧に近い穏やかな条件下で反応を進められるため、省エネルギーやCO2排出削減に大きく貢献する可能性を秘めています。
なぜ今、バイオ製造が注目されるのか
米国が国策としてバイオ製造を推進する背景には、いくつかの世界的な潮流があります。第一に、脱炭素社会の実現に向けた動きです。化石資源の消費を前提とする従来の産業構造からの脱却は、国際的な共通課題であり、バイオ製造はその有力な解決策の一つと見なされています。
第二に、経済安全保障の観点です。特定の地域に偏在する化石資源や、地政学リスクに晒されやすいサプライチェーンへの依存度を低減し、国内で調達可能な農業資源などを活用することは、産業の安定化に繋がります。これは、近年の国際情勢の変化を受けて、各国が重要視しているテーマです。
そして第三に、「バイオエコノミー」と呼ばれる新たな巨大市場の主導権争いです。バイオ技術を基盤とする経済圏は、今後、素材、エネルギー、食品、医療などあらゆる産業に浸透していくと予測されています。米国は、この成長市場で優位性を確立するため、国を挙げて投資と法整備を進めているのです。
日本の製造業への影響
この米国の動きは、日本の製造業にとっても決して対岸の火事ではありません。むしろ、自社の事業に直接的な影響を及ぼす可能性があります。
まず、原料調達の変化が挙げられます。現在、石油由来の樹脂や化学原料を使用している場合、将来的には顧客からバイオ由来の代替品への切り替えを求められる場面が増えるでしょう。サプライヤーの探索や、材料変更に伴う品質評価、物性データの再取得といった実務的な対応が必要となります。
また、生産プロセスそのものの変革も視野に入れなければなりません。化学プラントにおける反応釜が、微生物を培養する発酵タンクに置き換わるような、根本的なプロセスの転換が起こり得ます。これは、設備投資だけでなく、運転管理や品質管理のノウハウ、さらには必要とされる技術者のスキルセットも大きく変化することを意味します。
日本の製造業への示唆
今回の米国の政策動向は、世界の製造業が新たな競争軸へ移行しつつあることを示す重要な兆候です。日本の製造業がこの変化に対応し、競争力を維持・強化していくためには、以下の視点が重要になると考えられます。
- 経営層の視点:バイオ製造を単なる環境対応コストではなく、新たな事業機会や企業価値向上の源泉と捉える戦略的判断が求められます。ESG経営の一環として、中長期的な研究開発投資や、異業種・スタートアップとの連携を検討することが重要です。
- 技術・開発部門の視点:既存の化学・材料技術と、生物工学や情報科学(バイオインフォマティクス)といった異分野の知見を融合させる必要性が高まります。自社のコア技術を活かしつつ、どの製品・プロセスからバイオ化を進めるべきか、具体的なロードマップを描くことが急務です。
- 生産・工場運営の視点:将来的なプロセスの変化を見据え、バイオプロセスに関する知見を持つ人材の育成や確保に着手する必要があります。また、生物を扱うプロセス特有のコンタミネーション管理や、遺伝子組換え生物の取り扱いなど、従来の化学工場とは異なる安全管理・品質管理体制の構築も課題となります。
日本には、世界に誇る発酵技術や精密な生産管理能力といった強みがあります。これらの既存の強みを活かしながら、この新しい「バイオ製造」という潮流にいかに適応していくか。産官学が連携し、腰を据えて取り組むべきテーマと言えるでしょう。


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