米国の防衛・航空宇宙関連企業であるSGT社のCEOが、積層造形(3Dプリンティング)による部品製造への対価の支払いを「ビデオストリーミング」に例えました。これは、製造業におけるビジネスモデルが、「モノを売る」から「製造する権利(ライセンス)を売る」へと転換する可能性を示唆しており、日本の製造業にとっても重要な視点を提供しています。
「製造ライセンス」を販売する新ビジネスモデル
米SGT社のジョン・ウスティカCEOは、戦場のような極地で重要な部品を積層造形(AM)で製造することへの対価について、ビデオストリーミングサービスに類似したモデルを提唱しました。これは、従来の3Dプリンターという「装置」や材料を販売するビジネスとは一線を画す考え方です。
ビデオストリーミングでは、利用者はコンテンツ(映画やドラマ)の視聴権を購入し、視聴した分だけ、あるいは月額固定で料金を支払います。これを製造業に当てはめると、次のようになります。
まず、部品が必要な場所(例えば、海外の工場や遠隔地のプラント、顧客の拠点など)に3Dプリンターを設置しておきます。そして、部品が必要になった際に、設計データ(CADデータ)を暗号化して送信します。現地のプリンターは、正規のライセンスが認証された場合にのみ、そのデータを元に部品を製造します。部品の製造元(設計データの提供者)は、製造された部品の数や種類に応じて、対価を受け取ります。つまり、物理的な「モノ」ではなく、デジタルデータと「製造する権利」を販売し、従量課金やサブスクリプションで収益を得るモデルです。
なぜ今、このモデルが注目されるのか
このビジネスモデルが注目される背景には、近年のサプライチェーンの脆弱性があります。地政学的なリスクや自然災害により、国境を越えた部品の輸送が滞る事態は、もはや日常的な経営リスクとなりました。特に、生産終了した製品の補修部品(サービスパーツ)や、多品種少量生産の特殊な部品は、在庫管理の負担が大きく、必要な時にすぐに入手できないケースも少なくありません。
デジタルデータを活用したオンデマンド製造は、こうした課題への有力な解決策となります。物理的な在庫や輸送が不要になるため、リードタイムを劇的に短縮し、物流コストや在庫コストを削減できます。原文で「戦場」という極端な例が挙げられていますが、これは洋上の船舶や遠隔地のインフラ設備、あるいは顧客の生産ラインなど、部品供給に時間とコストがかかるあらゆる場面に応用できる考え方です。
実現に向けた課題と要件
このモデルを実用化するには、いくつかの課題を乗り越える必要があります。最も重要なのは、知的財産の保護です。設計データという企業の生命線ともいえる情報を、いかに安全に管理し、不正なコピーや改ざんを防ぐかが鍵となります。そのためには、強固な暗号化技術や、デジタル著作権管理(DRM)の仕組みが不可欠です。
また、品質保証のあり方も再定義しなくてはなりません。遠隔地で、現地のスタッフによって製造された部品の品質を、設計元がどのように担保するのか。材料の管理、造形プロセスの遠隔モニタリング、完成品の検査方法など、新たな品質管理体制の構築が求められます。さらに、製造物責任の所在を契約上どのように定めるかといった、法務的な整理も必要となるでしょう。
これらの課題は決して簡単ではありませんが、デジタル技術の進展により、解決策は見えつつあります。例えば、ブロックチェーン技術を活用すれば、設計データから製造、検査に至るまでの全工程のトレーサビリティを確保し、改ざんを防ぐことも可能になると期待されています。
日本の製造業への示唆
今回の提言は、日本の製造業にとっても重要な示唆を含んでいます。以下に要点を整理します。
1. 「モノ売り」から「コト(価値)売り」への転換
自社の強みである設計技術やノウハウを、デジタルデータという形でライセンス提供するビジネスモデルは、新たな収益源となり得ます。これは、ハードウェアの販売だけでなく、保守・サービスといったアフターマーケット事業を強化する上でも有効な戦略です。
2. サプライチェーンの強靭化(レジリエンス向上)
特に、海外拠点向けの補修部品供給に課題を抱える企業にとって、オンデマンド製造は有力な選択肢です。金型などの物理的な資産を海外に移管することなく、必要な時に必要な部品を現地で製造できる体制は、サプライチェーンの寸断リスクを大幅に低減させます。
3. 新たな顧客価値の創出
顧客の拠点に3Dプリンターを設置し、部品供給サービスを提供することで、顧客のダウンタイムを最小化し、生産性向上に貢献できます。これは、単なる部品供給者から、顧客の事業を支えるパートナーへと関係性を深化させる機会にも繋がります。
この「ビデオストリーミング型」の製造モデルは、まだ黎明期にありますが、製造業のデジタル化(DX)が進む中で、無視できない潮流となる可能性があります。自社の事業において、どの部分にこの考え方を適用できるか、まずは補修部品事業などを対象に検討を開始してみる価値は十分にあるでしょう。


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