米国の新興EV(電気自動車)メーカーであるLucid Groupが、サウジアラビアに建設中の新工場において、2026年までに本格的な車両生産を開始する計画であることが報じられました。本件は、新興メーカーのグローバル生産戦略のみならず、産油国の国家戦略が製造業のサプライチェーンに与える影響を考える上で、重要な事例と言えるでしょう。
サウジアラビアにおける段階的な生産立ち上げ
Bloomberg社の報道によると、Lucid社はサウジアラビア西部のキング・アブドゥッラー経済都市(KAEC)に建設中の新工場において、生産体制を段階的に強化していく計画です。当初は、部品を輸入して組み立てる形態から開始し、2026年末までには、プレスや溶接、塗装といった工程を含む、本格的な一貫生産体制へと移行することを目指しています。これは、製造業の基盤が十分に確立されていない地域で新規工場を立ち上げる際の、リスクを管理しながら品質と生産性を確保するための、現実的かつ堅実なアプローチと言えます。日本企業が海外拠点を立ち上げる際にも、いわゆるノックダウン生産(CKD/SKD)から始め、徐々に現地調達率や内製化率を高めていく手法が広く用いられてきました。
国家戦略「サウジ・ビジョン2030」との連動
今回のLucid社の動きは、単独の企業戦略というよりも、サウジアラビアの国家戦略と深く連動している点が特徴です。同国は、石油依存型経済からの脱却を目指す長期計画「サウジ・ビジョン2030」を掲げ、国内の製造業育成を重要な柱の一つに据えています。輸入製品への依存度を下げ、自国を中東地域における製造業のハブとすることを目指しており、その一環として外資企業の誘致に積極的です。特に、同国の政府系ファンドであるパブリック・インベストメント・ファンド(PIF)がLucid社の主要株主であることは、このプロジェクトが国家的な後押しを受けていることを強く示唆しています。潤沢なオイルマネーを背景に、次世代産業であるEV生産拠点を国内に確立しようという強い意志がうかがえます。
グローバル生産拠点の新たな選択肢
これまで、自動車産業の生産拠点は、北米、欧州、日本、中国、東南アジアといった地域に集中してきました。しかし、今回の事例は、地政学的な変化や国家レベルの産業政策によって、中東のような新しい地域がグローバルな生産ネットワークの重要な拠点となりうる可能性を示しています。豊富な資金力と政府の強力なコミットメントがあれば、インフラやサプライチェーンが未整備の地域であっても、短期間で大規模な生産拠点を構築できるという前例になるかもしれません。これは、既存の自動車メーカーや部品サプライヤーにとっても、将来のグローバル戦略を検討する上で無視できない動きと言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回のLucid社の計画から、日本の製造業関係者が得るべき示唆を以下に整理します。
1. 国家戦略と一体化したサプライチェーンの構築
一企業のグローバル戦略は、進出先の国の産業政策や投資動向と切り離しては考えられません。特に、政府系ファンドなどが深く関与するプロジェクトでは、通常のビジネス慣行を超えたスピード感や規模で物事が進む可能性があります。自社の海外展開を検討する際には、こうしたマクロな視点を持つことが不可欠です。
2. 新規海外拠点立ち上げにおける現実的なアプローチ
Lucid社が採用する「組み立てから一貫生産へ」という段階的な立ち上げ計画は、海外での工場運営における王道とも言える手法です。現地での人材育成、サプライヤー網の構築、品質管理体制の確立には時間を要します。初期段階ではリスクを最小限に抑え、事業の進捗に合わせて投資を拡大していくアプローチは、再現性が高く、多くの企業にとって参考になるはずです。
3. グローバル生産体制の多角化と新たな候補地
米中対立や地政学リスクの高まりを受け、多くの企業がサプライチェーンの見直しを迫られています。今回のサウジアラビアの事例は、これまで主要な生産拠点と見なされてこなかった地域が、国家の強い後押しによって有力な選択肢となりうることを示しています。固定観念にとらわれず、世界の産業政策の動向を注視し、生産拠点の多角化を検討していく必要があります。


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